「あらゆるビジネスの可能性を広げる力になる」EC事業者からプラットフォーマーとなったアリババの本質
2019/12/3
2016年末、中国のアリババグループの創始者ジャック・マー氏が提唱したニューリテール戦略。オンラインとオフラインを融合し、新しくより良い顧客体験を届けると同時に、事業者側の課題解決も目指したものだ。約3年が経った今、日本にもニューリテールという言葉が浸透し、注目が集まっている。現地、中国ではどのような変化が起こっているのだろうか?
今回は、オプトグループの株式会社デジタルシフトアカデミーが企画する杭州・上海視察ツアーに参加。アリババ本社や現地のスーパー・デパートなど小売の現場に足を運び、中国小売の「今」を追った。3泊4日のツアーの内容を、6回に分けてお届けする。第1回では、アリババ本社の見学から見えてきた、同社の取り組みと思想についてお伝えしていく。
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アリババ本社で、アリババの本質を知る
今回、アリババ本社を訪れ、その歴史や事業内容を知ることができる「博物館」を見学した。
赤い店舗のアイコンは、オンラインでの仕入れや物流を支援するアリババのBtoB流通プラットフォーム「LST」を導入し、デジタルシフトに成功した個人経営の小売店。水色のカバのアイコンは、半径3キロに最短30分以内でオンラインショップから購入した商品を届ける配送サービスを完備した、アリババが力を入れる生鮮スーパーマーケットを示す。地図上には、配送サービスを支える物流のネットワークも可視化されている。
オーロラのように見える上部は、下部の地図と連携したオンライン取引の動きを示すものだ。色は取引頻度を示していて、ピンクのところほど取引が活発だ。頻度だけでなく、衣料品ならばワンピースのアイコン、化粧品ならば口紅のアイコンといったように、取引している物もカテゴリ分けされ可視化されている。
これらの情報は、リアルタイムに更新される。つまりこの動画を見れば、アリババのサービスを活用した杭州市内のデジタルエコノミーの状況が、一目でわかるのである。
これだけで、アリババがどれほどのデータを蓄積し、広範囲に活用しているかがわかる。アリババは単なるEC事業者ではない。実際に、どんなテクノロジーを使い、どんなサービスを提供しているのか。それを知るために、博物館の奥へと足を踏み入れた。
「あらゆるビジネスの可能性を広げる力になる」
アリババは1999年に馬氏によって創業された。展示されているのは、万里の頂上にいる創業チームの姿だ。この時、メンバーとともに「自分たちが誇れる中国企業をつくりましょう」と夢を語ったという。アリババは「母国をより良くしたい」という思いから始まっていた。
しかし現実は、調達した資金で机とパソコンを買うのがやっとの状態。当初は馬氏の自宅アパートをオフィスにして仕事をしていたそうだ。ただ、チームメンバーは夢に溢れ、仕事を楽しんでいた。当時のオフィスには、今でも従業員を連れて行ったり、ビジネス上の重要な決め事をするときに使ったりするという。
アリババはBtoBのEC事業からスタートし、中小、零細企業、地方に住む人々を含め、誰でも使えるサービスを目指して事業を拡大していった。アリババのミッションは、「あらゆるビジネスの可能性を広げる力になる(To make it easy to do business anywhere )」こと。2003年にCtoCのEC事業「「淘宝(タオバオ)」」を始めたほか、2004年には、すでに独自の決済サービスである「アリペイ」を開始した。今や日本のコンビニでも使用できるサービスが、15年前には生まれていたのだ。これらのサービスは広く普及していった。
2014年、米ニューヨーク証券取引所への上場時には、サービスを使って大きな成果をあげたクライアント8人が、アリババの顧客代表として上場セレモニーに参加し、一緒に祝福の銅鑼を打ち鳴らした。配達員や障害支援学校の教師、農家やファッションモデルなど、様々な人がサービスを使い、それぞれビジネスを拡大したり、新たなビジネスを生み出したりしていることを発信できた瞬間だった。
アリババには、急成長を支える文化があるという。2003年、今や海外まで知られるようになったECサイト「淘宝(タオバオ)」をローンチする日、実はSARSが猛威をふるい、社員は自主的に自宅隔離することが求められていたという。
しかし、アリババは予定通りにサービスをローンチし、運用で問題が起きることもなかった。出社できない事態に対応し、社員が在宅勤務でも対応できる仕組みを構築したのだ。
この時、アリババに一つのコアバリューが根付いた。「変化を恐れず、変化を抱きしめなさい」。これが、変化に柔軟に対応し、顧客のためのサービスを提供し続けるアリババのカルチャーの元になっているという。
独身の日の流通総額が5200 万元から2684 億元までの11年で急成長
アリババが2009年に初めて「独身の日」セールを開催したときの流通総額は、5200 万元だったが、2019年の11年目の同ショッピングフェスティバルでは、2,684 億元 となっている。アリババがたった11年でこれほどの成長を成し遂げたのは、デジタル時代ならではのスピード感があったからだという。
アリババの成長の根底には、プラットフォームで得た消費データを分析し、活用するアリババクラウドの存在がある。アリババクラウドは、アリババグループのクラウドコンピューティング部門で、2009年に設立された。現在、アリババのマーケットプレイスでビジネスを展開する事業者、スタートアップ、中小企業、政府関連機関をはじめとする世界中の事業者にクラウドコンピューティングサービスの包括的な製品群を提供しているという。
例えば2019年、アリババは世界最大のグローバルショッピングフェスティバル「独身の日(11月11日、公式には天猫ダブルイレブン という)」のセールで、1日に驚異の4兆円超えの流通総額を達成した。それだけ多くのユーザーがシステムにアクセスし、大量の商品の取引が実行されたのである。注文から配送までを行うことができたのも、このアリババクラウドを中心としたエコシステムが機能しているからだ。
まず重要なのが、決済サービス「アリペイ」だ。もともとECサイト・タオバオの決済手段として広まったが、今やQRコード決済ができるほか、金融サービスの利用や公共料金の支払い、レストランやタクシーの予約なども可能な、中国人の生活に密着したアプリになっている。
アリペイはもともと、金銭の取引における信用関係を解決するために生まれたという。そのため、金融よりもサービスの側面が強い。例えば、中小企業、個人事業主向けに、少額からの融資を受けられる機能がある。大金の借り入れが難しい企業でも、1万元(約15.5万円)からローンを組める仕組みだ。タオバオでの取引金額や過去の購買データから、AIが貸付可能な金額を算出してくれる。運用に人手は不要だ。3分で申請でき、審査に通れば1秒で口座に振り込まれるというから驚きである。
信用があれば、会社が小さくても、個人事業主だったとしても金銭取引が可能になる。そんな世界観を実現するため、アリババは信用の重要性を広める取り組みも行なっている。「芝麻信用(ジーマ信用)」だ。信用をスコアとして可視化し、アリペイに紐付けてスコアに基づいたサービスを提供する仕組みになっている。信用スコアが高ければ、ホテル予約時のデポジットが不要になったり、公共施設の充電器がデポジット無しでレンタルできるようになったりと、特典が受けられる。
徹底的なデータテクノロジーの活用で、ミッションの実現へ
注目すべきは「20億人の消費者」。中国の人口は約14億人のため、この目標を達成するためにはグローバル化が必要だ。特に、「グローバルショッピング、グローバルセールス、グローバルペイメント、グローバルロジスティクス、グローバルトラベル」の5つの領域に取り組んでいる。
アリババはすでに中国で、生活に必要なサービスを提供するインフラ企業となっている。加えて、様々なビジネスを構築するために必要なデータとテクノロジーを提供する、プラットフォーマーでもあるのだ。もしアリババに未だ「中国のEC企業」というイメージがあるのならば、「グローバルなプラットフォーマー」へと認識を改めなければならないと感じた。
思っていたよりもずっと、アリババは時代の先端を走る企業だった。しかし、私たちはその本質を間違えてはならない。アリババのミッションは「あらゆるビジネスの可能性を広げる力になる」こと。その軸はぶれず、多くの人がアリババのデジタルエコノミーを活用し、新しいビジネスが生まれるよう、自らが先頭に立ち実践している企業なのだ。
この見学で、アリババに対する認識は大きく変わった。成長の根底のあるデータテクノロジーやクラウドコンピューティングなど、学ぶべき点は多くあるが、もっとも重要なのはミッションに即してビジネスを展開し、実際に社会を動かしている点だと感じる。
私たちは、なんのためにビジネスをしているのか。
綺麗事のように感じられるかもしれないこの問いの答えこそが、しかし全ての経営者にとって、もっとも重要なのではないだろうか。
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アリババは、掲げた理想をどのように現実のものにしているのか?次回以降は、アリババが提供するファイナンスやニューリテール、テクノロジーについて、体験を交えながらお伝えしていく。