マーケティング

デジタルシフトの要はマーケティング業務の“見える化”にある

近年、小売業界ではデータを活用したPDCAサイクルの高速化など、マーケティングのデジタルシフトが進んでいる。しかし一方で、いざ推進しようとしても、デジタル領域に精通した人材が社内にいないという悩みを抱えている企業も少なくない。では、どうすればデジタルを効果的に活用できる組織を作ることができるのだろうか。
今回は、現在「デジタルを活用したマーケティング構造改革」が進行中の株式会社カネボウ化粧品を取材。その取り組みについて、マーケティング部門 コミュニケーション企画グループ 部長加藤義久氏に、同社のデジタルシフトを支援するオプトの石橋 優氏も交えてお話を聞いた。

■「マーケティングのデジタルシフトは早急に取り組むべき課題」というトップの危機感

――日本の小売業界ではいたるところでマーケティングのデジタルシフトが重要だと言われていますが、カネボウが「デジタルを活用したマーケティングの構造改革」に本格的に注力することになった理由とは?

加藤:その大きなきっかけは2018年1月から弊社の社長に就任した村上が、特に重視している課題がデジタルシフトで、就任早々にそれを推進すべく大号令をかけたことにあります。

私自身もブランドのコミュニケーションに携わっている中で、デジタルシフトの重要性についてはコミュケーション効率の点で常に考えていたところで、ある意味渡りに船でした。ただ、いきなり方針をシフトするにも、デジタルに関する知識もナレッジもまだまだ足りていないため、環境だけを整備しても実現はできないと考えました。

ですので、まずはそれぞれのブランド(マーケター)が抱えている課題感と、デジタルを活用することでその課題を解決し、自身の業務がさらにブラッシュアップされるということを理解してもらうことが先だと考えました。

――デジタルマーケティングの発想とは、どういったものでしょうか?

加藤:デジタルマーケティングの長所はコミュニケーションターゲットを見極めて深掘りできることだと思っています。カネボウはマス広告を主流としたコミュニケーションの展開期間が長く、世の中に対して大きなPR施策を行い、そこからシャワー効果で認知を広げていくという手法がコミュニケーションの王道になっていました。

しかし、ソーシャルメディアがワン・トゥ・ワンのコミュニケーションを加速化したように、デジタルの環境が生活者にとって当たり前になった昨今では、企業とお客様のコミュニケーションも大きく変化しました。私はこの変化の一番大きなポイントは、インタラクティブなコミュニケーションと、より具体的なフィードバックにあると思っています。デジタルマーケティングでは、この発想を取り込むことが重要で、こうした考え方を社内に浸透させるには、まず全社的な構造改革が必要だと考えたのです。

■最大のボトルネックはPDCAが回っていないこと

――そこからなぜオプトがデジタルシフトの支援をすることに?
石橋:最初は勉強会のご依頼でした。デジタルマーケティングに力を入れたいけれど、その領域に詳しいメンバーがいないということでしたね。
加藤:オプトさんとは10年以上前から広告出稿でお取り引きさせていただいていましたが、今回の取り組みの直接的なきっかけは、「メディアプランニングの担当者にデジタルのスキルを身につけさせたいから、社内勉強会のプログラムを考えてほしい」という社内の要望があったことです。でも、最先端のデジタルスキル習得云々の前に、その基本となる発想を身につけることに優先順位をおきました。

また、PDCAのサイクルが正常に回っていなかったこともボトルネックでした。コミュニケーション施策のゴール設定から進捗の適切な管理、施策実施後は効果検証から次のプランニングへのフィードバック。そういうマーケティングの基本をまずは整理する必要がありました。

だから、うちのメディア企画担当者にはまず、デジタル時代のマーケティングに対する発想というものを把握してもらう必要がありました。それでウェブ系の総合広告代理店であるオプトさんに、デジタルマーケティングのワークショップを行ってもらうことにしたんです。

実際、3日間のワークショップでは参加した全員が目からウロコでした。じゃあ、ここで得た学びを社内に浸透させるにはどうしたらいいか。ということで、その方法を各ブランドの担当者と一緒に考えてもらい、その過程を私たちの学びとするために、オプトさんのコンサルサービスを導入することになったんです。

――具体的な提案ありきではなく、一緒に考えるパートナーとしてオプトを選んだということだったんですね。そこから石橋さんがカネボウに常駐することになったわけですが、実際に取り組みを始めてみて、どのような課題が見えてきましたか。

石橋:カネボウさんは「PDCAサイクルがきちんと回せていないのではないか」というはっきりした課題意識を持たれていましたから、まず私たちはその原因を探していきました。その結果、各担当者のみなさんがあまりにも日々の業務で忙しく、マーケティングのPDCAを回す余裕がないという状況が見えてきたんです。

そこで限られた時間の中でもPDCA業務をスムーズに回せるようにするため、誰でもPDCAが正常に回っているかチェックできる“標準の型”をフォーマットとして作ることになりました。

■マーケティング業務をデジタル化によって徹底的に“見える化”する

――その“標準の型“とはどういうものでしょう?
加藤:各ブランドの担当者はみんな非常にタイトなスケジュールで仕事をしています。ただ残念なことに、それだけ一生懸命にやっていることに対する適切なフィードバックができていないという状況になっていました。自分たちが必死にやっている業務が何につながっているのか。設定したゴールに正常に向かっているのか。プロジェクトの全体を見渡して振り返る機会が作れていなかったんです。

だから、この業務はプロジェクトの中のどういう位置にあって、どういう目的のためにやっているのか。それを常に振り返ることで、迷子にならないようにする“地図”を作りたいと思いました。これも、デジタルツールを活用すれば、上司部下も含め、いつでも関係者の全員が状況を共有して把握できるようになる。つまり、マーケティング業務をデジタルによって徹底して“見える化”する。それがPDCAの正常化に直結すると思っています。

石橋:フォーマットを作る一番の目的は、役員の方から現場のマーケターの方まで、全員が同じ言語でマーケティングを語れるようにするところにあります。だから最初はPDCAサイクルをチェックするフォーマットも10個くらい作ったのですが、そこから本当に必要で、かつみなさんが共通して使えるものにするため必要な要素を絞り込んでいきました。

加藤:その結果、コミュニケーション施策の最終的なゴール(KGI)をプランニングするための設計フォーマット、進捗がリアルタイムで確認できるモニタリングダッシュボード、施策の効果を検証するレビューフォーマットの3つにブラッシュアップしていただきました。

この3種類のフォーマットを使えば、施策のひとつひとつのフェーズでやるべきことが明確になり、プロジェクトのボトルネックがどこにあるのかも一目瞭然でわかります。このレポートは使えば使うほどデータベースにナレッジとして蓄積されていくので、「前回はここがダメだったから、こう変えてみよう」というように、バナー広告の運用状況レベルから振り返ることができます。実践ベースでPDCAサイクルを正常化できると期待しています。

■プロダクトが売れても、マーケティングの成功とは言えない理由

――まさにマーケティング業務の“見える化”がPDCAサイクルを回すためのカギだった。
加藤:弊社に限らずだと思いますが、従来のマーケティングの効果測定というのは、「商品やサービスが売れたかどうか」という判断になりがちだったと思います。それは確かに正論ではあるのですが、この考え方を突き詰めると、最後は精神論になってしまうというケースも多々あります。

マーケティングで重要なのは「なぜ売れたのか。なぜ売れなかったのか」という要因を明確にし、ナレッジとして蓄積して会社の力に変換することです。このプロセスを踏まないと本当の意味でのマーケターも育ちません。

石橋:そこには単に売れたといっても、“狙った通りの売れ方”だったのかという問題があります。例えば、若年層に向けてコミュニケーションをプランニングしたのに、蓋を開けてみたら30代、40代が主な購入層だった。結果だけを見ればヒットですが、それはプロダクトの成功であって、マーケティングの成功ではないんですよね。

――なるほど。つまり、本来狙っていた対象に売れなかったのであれば、そのヒットには再現性がないということですね。

加藤:だから、最初に設定したKGIがちゃんと達成できているかチェックできる仕組みが必要なんです。「売れたのだから正しかった」では、それがたまたまなのかどうかわからない。私たちが考えるデジタルシフトとは、「デジタルでどんな施策をするか」にあるのではなく、デジタルツールを活用することで、社員全員にマーケティングの基本的な発想を身につけてもらうことだと思っています。

■きちんとした効果測定がデジタルマーケティングの精度を上げる

――コミュニケーション施策の最終的なゴール(KGI)をプランニングするためのフォーマットを作成する際、化粧品会社だからと特に重視して入れた項目はありましたか?

石橋:やはり見るべき指標としてソーシャルメディアでの口コミが大切になる業界ですので、その目標値をどのように設定して、どのように計測するかという項目は意識しました。ただ、最近の小売業界ではどの企業も口コミを重視されていますから、特別に「化粧品会社だから」入れたというわけではありませんね。

――口コミの目標設定と効果測定は、どのように行うのでしょう?

加藤:エモーショナルなところで攻める業界でもあるので、なかなか具体的に言語化することが難しいところでもあるのですが、まず仮説として、販売に直結しそうな露出の仕方を考え、それがこう口コミされることが理想であるというゴールをブランドごとに設定します。

ここで気をつけないといけないのは、アウトプットのイメージを抽象的にしすぎないことです。たとえば、「#潤ってハリ肌」というハッシュタグが露出してほしいと考えても、そんな言葉を一般の消費者は誰もSNSに書かないじゃないですか。シンプルに「#すごく潤う」というように、マーケターの狙いを消費者目線の言葉に翻訳しないといけません。

――しかし、ブランドを担当するマーケターの商品に対するこだわりが強いほど、消費者目線を身につけるのは大変になるのでは?

加藤:だから、売り上げとは別に、きちんと口コミを効果測定できるフォーマットがあることが大切なんです。自分たちが無茶苦茶なハッシュタグの露出を考えたとしても、実際にお客様が使っている言葉はまったく別だったとわかれば、それが学びになって次から改善される。ウェブ広告運用も含め、基本はトライアル&エラー&フィードバックを繰り返し、蓄積をすることでしかデジタルマーケティングの精度は上がらないと思います。

■イメージしたのは「社内限定のソーシャルメディア」

――このフォーマットは6月から本格的に導入したとのことですが、社内にスムーズに浸透していきそうですか?

加藤:このフォーマットを導入する目的はマーケティング業務を見える化して、PDCAサイクルを正常に回していくことにあります。ただ、私たちが考える“見える化”とは、単に日々の業務を効率化するためだけのものではないんです。

マーケティング業務を見える化することでわかるのは、お客様のニーズだけではありません。自分たちが日々やっている業務のひとつひとつも、全体の中でどういう役割を担っているのか見えるようになる。誰だって苦労してやった仕事は、誰かに見ていてほしいと思うし、適切に評価してほしいと思うじゃないですか。そういう承認欲求をベースに広まったのがソーシャルメディアですよね。

今回、オプトさんにもっとも労力をかけてもらったのが、進捗をリアルタイムで確認できるモニタリングダッシュボードです。これをお願いする際に私がイメージしたのが、まさに弊社オリジナルのソーシャルメディアだったんですよ。パソコンを経由して関係者の全員が常時アクセスできる場所。楽しかったことも、苦労したことも、すべてを仲間と共有できる場所です。

私自身、これまでは自分たちの業務が全体の中でどんな位置にあるのか、それが売り上げにどうつながるのかも明確に把握できないまま何カ月もプロジェクトに関わり、「終わったら次」というサイクルを繰り返してきました。だから、個々の業務が適切に評価される場所を作ることができれば、これまでデジタルツールに疎かった社員でも、進んで活用してくれるようになると考えています。

■デジタルシフトが自然と終わるとき

――業務を改善させるツールが、社内を活性化させることにも役立つわけですね。
加藤:究極的にはものが売れることが大切なのですが、自分たちが世に出した商品やコンテンツに対して、「素敵ですね」と言ってもらえることは、何よりも仕事の活力になるじゃないですか。そういう声が現場の人間にもきちんとフィードバックされる環境ができれば、マーケターの業務も活性化されるし、商品開発も活性化される。

今回のオプトさんとの取り組みがそのきっかけになるのは間違いないですし、それが実現できたときにはじめて、「デジタルを活用したマーケティング構造改革」の第1フェーズが達成できたと自信を持って言えるようになると思っています。

――では、その先に見据える第2、第3フェーズの展望とは?

加藤:まずは社員のひとりひとりがツールをしっかり使いこなし、自分のやっている業務が全体の中でどんな位置にあるのか、いつ聞かれても理路整然と答えられるようになることですね。

石橋:ご担当者様が、お客様とのコミュニケーションのチャネル選択について、はっきりと自分の言葉で語れるようになるまでサポートしていきたいと思っています。たとえば、インスタグラムで広告を打つにしても、ぼんやりと若年層が主に使っているからという理由になりがちです。

こういうターゲットに対して、こういうコミュニケーションを行っていきたいから、インスタグラムにこういうコンテンツを展開すると効果的なのではないか。そういうふうにチャネルごとの特性を踏まえた説明ができるようになるためのツールとしても、このフォーマットを役立てていただきたいです。

加藤:目標に向かってブレずにコミットできる人材を育成するために、デジタルの便利な機能を駆使していくということが、デジタルシフトの本来の意味だと思います。そういう意味では、こうしたツールを活用することで、社内全体でデジタルマーケティング的視点を身につけ、デジタルマーケティングを特に意識せずとも駆使できるようにしていきたいですね。その結果、デジタルシフトのための取り組みを自然に終わらせていくことが理想です。

プロフィール

加藤 義久(Yoshihisa Kato)
株式会社カネボウ化粧品 
マーケティング部門 コミュニケーション企画グループ 部長

2005年カネボウ化粧品中途入社。広告制作、商品PR、媒体企画を経て、2015年にWeb・SNS業務を取りまとめる専門チームを社内で立ち上げる。現在は各ブランドの、Web・SNSを中心としたコミュニケーションPDCAのサポートおよびマーケティング部門のデジタル業務のフレームワークづくりに従事。
石橋 優(Yu Ishibashi)
株式会社オプト マーケティングプランナー

2007年オプト入社。営業、プランナーを経験し、2017年よりマーケティングプランナーに。化粧品業界、小売業界を中心に、企業のデジタルシフトをサポートするコンサルティングに従事。

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