東急ハンズの“中の人”が語る デジタルシフトで実現する「三方良し」とは?

東急ハンズのTwitterアカウント(@TokyuHands)の“中の人”として、小売業でいち早くネット上での顧客コミュニケーションに乗り出した、株式会社東急ハンズ デジタル戦略部部長の本田浩一氏。同社は対外的なプロモーションだけでなく、社内システムのクラウド移行に業界でもいち早く対応するなど、積極的にデジタルシフトに取り組んできた。同社のデジタル戦略について、株式会社オプト エグゼクティブスペシャリストの伴大二郎が聞いた。

SNSで大切なのは情報発信よりもコミュニケーション

:「デジタルシフト」をテーマにさまざまな企業の方にお話をうかがっていますが、東急ハンズさんは小売業の中でもデジタルへの対応が早かったですよね。特にプロモーションにおいては、本田さんが担当者としてTwitterを初期(2009年)からうまく活用され、企業アカウントの“中の人”ブームを作りました。

本田:ブームを作ったつもりはないですが(笑)、ありがとうございます。今となってはSNSの黎明期を体験できたのは良かったと思っています。

:あれだけ早くSNSでのプロモーションに挑戦されたのは、顧客とのコミュニケーションをデジタルで行っていこうという会社の戦略があったのでしょうか。

本田:Twitterが話題になり始めた頃に、当時の上司が、「これはお客さまとのコミュニケーションに使えるのではないか」と目を付けたんです。それで私に「会社のアカウントでやらない?」と相談が来て。実は、最初は断ったんですよ(笑)。

:あ、そうだったんですか。

本田:会社の看板を背負うのは大変ですからね。でも、広報からも「やったほうがいい」ということになり、私が担当者としてスタートすることになりました。ただ、当時はまだ利用者が少ないこともあって、フォロワー数もエンゲージメント数もなかなか増えなかった。最初はものすごく悩みました。それで他社さんのアカウントをいろいろ見てみたら、フォロワー数の多い企業アカウントには共通点があることがわかったんです。

それは「フォロワーさんと会話をしている」ということです。特に私が参考にしたのはTSUTAYAさんのアカウントです。自社の話はそっちのけで、フォロワーさんと好きな映画の話で盛り上がっていらっしゃいました。ユーザーが求めているのは、企業の一方的な情報発信ではなく、コミュニケーションだったんですよね。

「Twitterって、こういうことなんだ」と気づきを得て、見様見真似で東急ハンズのアカウントでもコミュニケーションを始めたんです。そうしたら徐々に反響が増えていき、今日に至っています。

私は今も店舗の接客応援に行くことがありますが、Twitterをやっていると、「これはネットワーク上の接客だな」と感じるときがあります。つまり、店舗と同じことを違う土俵でやればいい。そこに気が付いてから、Twitterをやることが重荷ではなくなりました。ただ、店頭の接客は多くても1対数人ですよね。しかし、SNSでは1対1のリプライをフォロワーさんのみんなが見る。だから、接客が拡張されていく感覚をTwitterには持っています。

:Twitterの運用がどう売り上げにつながるのか、という話が社内で出たことは?

本田:それで言うと、予算がつけられてないので、結果を求められたこともありません(笑)。

:それは素晴らしい(笑)。でも、そのくらいじゃないと顧客とのコミュニケーションはできないですよね。

飽きられてはいけないが、うっとうしがられてもいけない

:東急ハンズさんはTwitterをうまく活用しながら、最近は「ハンズクラブ」という自社アプリも展開されています。もともとはポイントカードをアプリ化したものだと思うのですが、ほぼ毎日更新の「ヒントマガジン」(暮らしに役立つ情報を提供するWEBマガジン)など、コンテンツも充実しています。あれを日々更新するのは大変ですよね?

本田:社内だけでは追いつかないので、外部のライターさんにも協力してもらって更新しています。Twitterと一緒で、キャンペーンのお知らせを一方的に発信するだけではアプリは開いていただけない。「ヒントマガジン」みたいな読み物を毎日更新してアプリを開いてもらって、たまにお知らせが来る、くらいの使い方を意識しています。

飽きられたり忘れられたりしてもダメなんですけど、うっとうしがられるのもダメですから、そのくらいのバランス感覚が理想かなと。今は広告が効きにくい時代になってきたので、こういう地道な工夫からやっていかなければならないと思っています。

:実際、プッシュ通知をそんなにやってないですよね。

本田:「お気に入り店舗」といって、自分がよく行く店舗を登録できるのですが、プッシュ通知はその店舗の情報が更新されたときだけなので、あまり通知がこないのだと思います。私はたくさんの店舗を登録しているので、朝の電車の中でスマホが震え続けています(笑)。

:なるほど。僕は地元の店舗しか登録してないので、あまりスマホが鳴らないんですね。でも、それはユーザーフレンドリーな設計だと思います。現在の東急ハンズさんのコミュニケーション戦略としては、Twitterで広くアプローチしながら、アプリで囲い込むことを目指している、ということでしょうか。

本田:正直、そこは手探りのところがあります。うちの広告戦略を本格的にデジタルシフトしたのが数年前なので、デジタル部隊の人間が日々試行錯誤しながら最適なかたちを探っているという状態です。

:Twitterの運用もデジタル部隊の中に?

本田:Twitterだけ特殊で、私個人に紐付いているんですよ。社内での肩書きは5、6回変わっているのですが、ずっと担当のままです。今朝も更新してきました(笑)。

顧客はもはや店舗とECを使い分けしていない

:プロモーションのデジタルシフトを進めているとはいえ、東急ハンズさんとしては店舗の重要性が変わったわけではないですよね。僕も先週末に靴のインソールが欲しくて地元の店舗に行ったんですが……。

本田:得意分野です(笑)。

:ですよね。そのとき思ったのは、東急ハンズさんの店舗って、目的のモノを買いに行っても、店内を見ているうちに「あれもいいな」「これもいいな」とあちこちに興味が惹かれるんですよ。それで買うつもりがなかったモノまで買ってしまう。やはり、あの空間のユニークさが東急ハンズさんの強みだとあらためて思いました。それでお聞きしたいのは、今はECもやっているじゃないですか。店舗とECの違いは、社内でどう意識されていますか?

本田:ちょっと前まではECと店舗が使い分けされるものだと思っていました。だから品揃えも変えていたのですが、最近はそうでもなくなってきたと感じています。欲しいものを買うのであれば、店舗でもECでもどちらでもいい。店舗に行って迷ったらアプリでメモして、自宅に帰ってから買うこともある。そういうお客さまが増えています。

今の小売業にとってのECは、店舗とは別物ではなく、お客さまがほしいときにほしいものを提供できる手段として考えなければならない。つまり、店舗を補完するものとして考えなければ、うまくいかないと思っています。うちも完璧にできているわけではないので、理想論ではありますが。

:最近はD2C(Direct to Consumer=自社商品を消費者に直接販売する仕組み)が話題になっていますが、東急ハンズさんは小売業として、このムーブメントに対してはどう感じていますか。

本田:危機感半分、歓迎半分です。もともとD2Cという概念がない時代から、東急ハンズはそういう考え方を理想としてきた会社だと思います。既製品というよりはパーツや道具を揃えて、お客さまそれぞれの生活を豊かにすることがコンセプトでした。それが店舗を拡大する中で、ちょっと薄れてきた部分はあったと思います。

だから、D2C的な考え方も取り入れていかなければならない。そういう意味での危機感はあります。特に今後は「私のために存在してくれているお店」と感じていただけないと、生き残ってくのは難しいですからね。ただ、DNAとしては昔からある考え方なので、このムーブメントはむしろチャンスだとも思っています。だから、歓迎する気持ちが半分ということです。

モノではなく課題解決を売るために接客を大切にする

:東急ハンズさんはブランド力が高い企業だと思います。「あそこに行けばなんとかなる」と多くの人が思っている。このブランドパーセプション(顧客が認識するブランドのイメージ)は意識的に作ってきたものでしょうか。

本田:そうだと思います。僕が入社した頃は、接客で「『ありません』とは言うな」と教育されました。店舗になければ取り寄せろ。どうしても無理だったら、他店でも売っているところを探してご案内しろ。そう言われていましたね。今はそういうわけにもいかないですが、そのDNAは消えずに残っていると思います。

:「顧客ファースト」ということですよね。その思想は会社の芯として強い?

本田:強いですね。「お客さまをがっかりさせたくない」とみんな思っています。それは戦略的なものというより、ひとりひとりのスタッフが「今、目の前にいるお客さまをがっかりさせたくない」と素直に考えているからです。

:では、ここまでの規模の企業になった理由は、スタッフのみなさんの接客力によるものが大きい?

本田:深く分析したわけではないですが、肌感覚としてはそう思います。やはり接客を大切にしてきた会社なので、「東急ハンズに行って誰かに聞けば、探しているものが見つかる」というところで頼っていただけているのかなと。

:先ほどの「ヒントマガジン」を読んでもわかるように、東急ハンズさんはデジタルでも、モノ自体にフォーカスするより、課題解決とか生活のアップデートみたいなところでコミュニケーションされていますよね。今のお話を聞くと、そこも戦略的にやっているのでしょうか。

本田:そこは胸を張って戦略だと言えます(笑)。買っていただくのはモノではありますが、店舗でもデジタルでも、お客さんとのコミュニケーションでは、モノの向こう側にある「なぜこれを必要としているのか?」を見るようにしています。例えば、接着剤を買うお客さまは、接着剤そのものが欲しいわけではない。何かと何かをくっつけたいから接着剤を買うわけです。そこがわかっているかどうかで接客の質はかなり違ってきます。

:だから、「東急ハンズだったら何とかしてくれる」と多くの人が思っているのでしょうね。

本田:欲しいものが具体的だったら安いところで買います。でも、うちの場合は課題解決にフォーカスしているので、自分で納得して買いたいという方に支持していただいているのだろうと思います。

顧客だけでなくスタッフも取引先も喜ぶデジタルシフトを

:もう少しデジタルについてうかがいます。東急ハンズさんは2012年に社内の基幹システムをAWSに一気に移行されました。小売業ではかなり早いクラウドへの移行でしたが、この決断の背景は?

本田:小売業は季節性があって、月によって売り上げに波があります。特にうちは8月に「ハンズメッセ」という年に一度のバーゲンセールがあるのですが、そこは波が異常に高くなるんです。当然、業務で扱う情報量も爆発的に増える。これが自社サーバーだったら、その高い部分に合わせてスペックを整えないといけないですよね。でも、クラウドだったらセールのときだけ拡張するといったことができます。だから、メリットしかないということで一気に移行を推進しました。

:業務スピードはかなり改善されましたか?

本田:劇的に変わったという段階にはまだ至ってなくて、まだ取り組みの途中というのが正直なところです。現在、私はデジタル戦略部に所属していますが、去年の4月にできたばかりの部署ということもあり、まだ本格的なデジタルシフトを始めてから日が浅いんです。対外的にいろいろやりたいことはありますが、その手前の仕組みが整っていない。だから、今はまずそこに取り組んでいるという段階ですね。

:東急ハンズさんは社内で扱うデータ量が膨大ですからね。どんどん新商品も入ってくるわけですし。

本田:マグロじゃないですけど、止まったら死んでしまいます(笑)。

:デジタルシフトを進めていくうえで、現状の課題は?

本田:ありがちですが、社員の意識改革でしょうね。ただ、ここは強みでもあると思っています。「お客さまをがっかりさせたくない」という社員が多いので、「これがあるとお客さまのためになる」と納得してくれたら一気に進むでしょう。つまり、デジタルシフトをしたい側が、その必要性をちゃんと説明できるかどうか。本当に役立つツールを作れるかどうか。そこができたら雪崩を打つようにデジタルシフトしていくと思います。

:特に東急ハンズさんの場合は接客が強みですから、店舗で働く方々のスキルを活かせるデジタルの入れ方が重要になりそうですね。

本田:例えお客さまのためであっても、スタッフにやせ我慢させないとサービスが提供できないのであれば、それは本質的なところが間違っているのだと思います。これは綺麗事じゃなくて、店頭では笑顔なのに、バックヤードに行ったら急にスタッフの笑顔が消えるっていうのは、どこかに歪みがある証拠だと思うんです。お客さまを喜ばせるためにデジタルシフトを進める。これは当たり前です。でも、そのためにはスタッフもメリットを感じて笑顔でいられるものでなければならないと考えています。

それから、東急ハンズにはものすごくたくさんのお取引先様がいらっしゃるので、そういう方々とも、「ハンズと取り引きするといいことがある」と感じてもらえるようにしなければなりません。お客さま、スタッフ、お取引先様。どれかひとつだけを見ていたら会社が沈んでしまいます。偉そうに言うと、この「三方良し」をデジタルシフトで目指しています。

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