マーケティング

田中洋教授「もはや勝利の方程式は存在しない」最適解を探し続ける、デジタルシフト時代のブランディング。

企業が商品やサービスを販売する上で重要な手法の一つがブランディングだ。そもそもブランディングとはどんなもので、デジタルシフトが進む現在、どう変化していくのか?中央大学ビジネススクール教授の田中洋氏に、デジタルシフト時代のブランディングの変化のポイントや、重視すべきことについて聞いた。

消費者の選択肢が増える時代に 「選択するための手がかり」がブランド

ーそもそもブランディングという言葉をどう定義すべきか教えてください。

私は、「ブランド価値を高める活動」がブランディングだと考えています。ブランドの価値にもまたいろいろな側面がありますが、例えば、知名度がある、好まれているなどの状態を作ることですね。ただ、「ブランドのイメージを良くする」のとは少し違うと思います。イメージというと、中身は変わらず見せ方を良くしただけのように思われがちです。そうではなく、中身を伴って価値を作り上げていくことだと考えていますね。

ー中身を含めて、ブランド価値を高めていく行為なんですね。企業がブランディングすることには、どんな意味がありますか。

お答えするにはまず、ブランディングが重要になった理由をお話しした方がいいと思います。ブランドの重要性が叫ばれるようになったのは、30年ほど前のことでした。いろいろな要因がありますが、大きかったのは消費者が自由に買いたい商品を選べるようになったことです。

それ以前は、消費者は自由に商品を選べない時代でした。例えば町の酒屋に行くと、決まった銘柄の酒だけが置いてある。化粧品店でも、取り扱いブランドが決まっていました。一つの店で一つのブランドだけを取り扱うのが常識だったんです。

しかしスーパーマーケットやコンビニエンスストアで買い物をすることが当たり前になると、状況は一変しました。一つの店でいろいろなブランドが選べる、選択するのが当たり前の時代になったのです。さらに交通手段や通信手段が発達し、今は何を買うにも当たり前のようにチョイスがあります。

そんな時代において、消費者にとってブランドは「選択するための手がかり」だと考えています。例えば、スターバックスの看板を見るだけで、ここに行けばラテがいくらで飲めるとか、雰囲気がいいんじゃないかとか、頭の中のいろいろな情報が引き出される。スターバックスという手がかりだけで、いろいろな購買が生まれるのです。

だから企業は消費者の選択肢が増えたこの時代、数多くの選択肢の中から選んでもらうためにブランディングに注力する必要があるのです。

デジタルシフト時代のブランディングは 商品ごとの最適解の解明が必須

ーブランディングの手法にも変化がありましたか。

数多くの商品の中から選ばれる必要性は出てきましたが、かつてのブランディングの手法は広告がメインでした。その後、日本でも広報(PR)という手法が積極的に取り入れられるようになってきます。今お話ししたスターバックスは、広告はほとんど使っていません。主に広報やプロモーションによってブランドの認知を広めていきました。

その後、経験ブランディングが始まりました。店舗をあちこちに作ることによって、そこに行って商品やサービスを経験することでブランド価値を向上させる手法です。

もっとも大きな変化は、インターネット上のプラットフォーマーが登場したことです。ヤフーやグーグル、アマゾンや楽天が出てきたことで、その中にオンライン発のブランドが出現しました。広告やPRもオンライン上で行われるようになり、ブランディングの手法もデジタルシフトが進んだのです。

例えば広告一つとっても、やり方は大きく変わりました。デジタルとマスの広告は、特性や効果が全く違います。マス広告では、テレビCMをやってメッセージを伝えられれば十分でした。複数回接触が前提で、何度も繰り返し同じメッセージに触れることで、企業側が想起させたいイメージが消費者にうまく染み込んでいく仕組みだったのです。

デジタルでもそれができないわけではありませんが、オンライン画面に広告が出るだけでは十分ではありません。YouTubeでテレビのように動画広告が出てきても、あまり見ずに消してしまいませんか?インターネットはユーザーの自由が保証された場所なので、強制的に広告を見せられると嫌な気持ちになる人が多いのだと思います。

しかも、テレビCMは視聴率とCMの本数などからある程度認知度や市場浸透率の見通しがつきましたが、デジタルの動画はそれがまだ解明されきっていません。広告の視聴回数と、商品やサービスの購買との関係はこれから解明されるべき課題です。

デジタル広告は一つの手段なので、他の手法と組み合わせることでより効果を発揮するように思います。デジタルシフトが進んだ現在のブランディングは、様々なチャネルを商品ごとに組み合わせていく必要がある。つまり現代においてデジタル広告は、ビジネスモデル=収益を生み出す仕組みの中に組み込んで考えるべきだと思います。注意してほしいのは、私が言っているのは主に、ECをあまり使わないシャンプーやお菓子などのFMCG(パッケージ化された比較的安価で購買頻度が高い消費財)のマーケティングについてであることです。
ー具体的に、どんな方法がありますか。

例えば、幅広いコスメを展開するロクシタンでは、店舗に来て商品を購入してもらうことを重視しています。店舗がブランドの世界観を表現する場所だからです。渋谷のメイン店舗にはカフェまでついていますし、東京圏内だと駅ナカの目立つ場所に出店していますね。

消費者が足を運ぶきっかけを作るために、常にフレッシュな新商品を店頭に並べて、「新商品が出た」と店舗に誘引し、さらに奥まで入って購入してもらう。デジタルは新商品の発売を知らせるなど、店舗への集客をサポートするための仕掛けとして使っています。様々なチャネルがある中で、何を軸に据えていくかが大事になってきます。

また、その軸に対してどんな指標を設定するかも非常に重要ですね。ロクシタンの場合だと、店舗を重視していても、指標を来店者数にしては意味がありません。来店はあくまで結果なので、そこに至る途中で指標を設計する必要があるからです。デジタルはまだ施策と成果との結びつきを十分には解明できていないと先ほどお話ししましたが、購買に至る様々な中間指標が取れるのもまた特徴です。これまで取れなかった指標がデジタルによって取得可能になったため、どの指標が自分の商品やサービスにとって重要か、見出していく必要があります。

他には、カルビーのフルグラもブランディングの成功例ですね。かつては年間20億ほどだった売上が、一時は290億と急速な成長を遂げました。フルグラは、マスメディアを活用したPRを積極的に行いました。テレビの人気情報番組で取り上げてもらい、朝食のヨーグルトとセットにした食べ方を提案したのです。同時並行で、インターネット上でも新たな食べ方に対する口コミを作り、認知を高めていきました。

低価格で購入頻度が高い日用品や食料品は、特にブランディングが難しいと感じています。例えばマンションを買うときは比較検討するなど一生懸命考えますが、ティッシュペーパーを買う時にいちいち検索しませんよね。そこまで深く考えて選ばない商品に対してどうオンラインを活用するかは大きな課題です。フルグラのように様々なチャネルを組み合わせ、商品にとっての最適解を探して施策を打っていくべきだと思います。

積み上げた勝ちパターンがノウハウになる

ー商品ごとに、取るべき手法も随分変わってきますね。

そうですね。今後、世の中は全てがデジタル化していくでしょう。消費者の動向は変動が激しく、売れる商品を予測するのはより難しくなります。そのような時代においては、個別の商品ごとにブランディングの最適解を見出していくしかないと考えています。何年も通用する方法を探すのではなく、短期間で勝ちパターンを探る必要があります。

感じているのは、リアルの重要性が増すということです。先日、様々なアーティストのコンサートを設計・演出している会社にお邪魔した時、コンサートの立ち位置の変化について聞かせてもらいました。以前のコンサートはCDの新譜の宣伝の場だったそうですが、今はオンラインでも見ることのできるアーティストを生で見られる、貴重な体験の場になっていると。同じように、他の商品でも体験の重要性が増していると思います。

また、体験に加えて、信頼できる人の発言やリアルな口コミも力を持つようになるはずです。ただし、インフルエンサーを使った販促は、広告感が出てしまって通用しなくなる。これから重要になるのは素人です。以前は料理のレシピを立派な料理の先生が教えていましたが、今は様々なレシピサイトや動画サイトが出てきて、友達同士、Peer to Peerが当たり前ですよね。そうやって互いに教え合っているコミュニケーションチャネルが、ブランディングする上での鍵になると思います。コミュニケーションチャネルを活性化させ、リアルな口コミを生み出すことが大切だと考えています。

デジタルシフトによって、「これをやれば必ず成功する」というブランディングの勝利の方程式はなくなりました。とにかく勝ちパターンを探し続け、ストックしていく必要があります。そうして積み上がった勝ちパターンが、企業にとって重要なノウハウになるでしょう。

プロフィール

田中 洋(Hiroshi Tanaka)
中央大学ビジネススクール教授
ソウルドアウト株式会社社外取締役
株式会社電通で大手企業や外資系企業のブランディング戦略の立案と実行に携わり多くの実績を残す。その後、コロンビア大学コロンビア・ビジネススクール客員研究員、法政大学経営学部教授を経て、2008年4月より中央大学大学院戦略経営研究科教授。マーケティング戦略・ブランド戦略の領域で第一人者として活躍。著書『ブランド戦略論』は日本マーケティング学会マーケティング本大賞2018「大賞」と日本広告学会「2018広告学会賞」をダブル受賞。

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