データは「答え」ではなく「きっかけ」。 デジタルシフト時代を生き抜くマーケターとは。

これまで3社でEC部門を担当・サポートし全ての会社でECの売り上げを2倍以上にしてきた、株式会社ビジョナリーホールディングス(メガネスーパーの親会社)執行役員・デジタルエクスペリエンス事業本部本部長の川添隆氏。(@tkzoe)デジタルを活用した施策を継続的に回し、着実に成果をあげてきた。その秘訣は一体なんなのか?デジタルシフト時代を生き抜くマーケターのインサイトを、株式会社オプト エグゼクティブスペシャリストの伴大二郎氏が聞いた。

実現可能性×インパクトでPDCAを回す

:川添さんはメガネスーパーに入られてから、デジタルを使った様々な施策を実行して売上を伸ばしてこられました。どんなことに取り組んで来られましたか。

川添:僕が入社した2013年7月、会社は前期 16億円の営業赤字がありました。ここで求められていたのは、短期的にどう黒字化に貢献していくか。LINE公式アカウント(サービス統合後ではなく旧来の公式アカウント)やスポンサードスタンプを使ったり、EC運営を改善しシステムリプレイスをして継続的にサービス開発したりと、即効性のある施策からはじめ、売上・利益を回復させていきました。

全社規模で見ると、デジタルが関与している直接売上の比率は少ないです。その中でも、僕がやっていたことは、ECだけを見るのではなく、会社の中で伸ばすべき数字、埋蔵金となっている数字を見つけて、それを伸ばす方法を考えること。人手は限られているので、デジタルで補える部分はそこを活用した自動化や集客へつなげることを続けてきました。

:川添さんは、派手な施策を打つのではなくて、PDCAサイクルを回すことを前提としたデジタルな仕組みを作ることで成果を出しているイメージがあります。僕たちマーケターからすると、良い意味で真似しやすい施策が多い。デジタルを事業に活用するとき、何を重視していますか。

川添:ビジネスの優先順位付けと同じだと思いますが、実現度とインパクトの大きさとの掛け算ですね。その総和が高いものから優先順位をつけて、施策を選ぶようにしています。インパクトが大きくても、実現できないと意味がないですからね。ただインパクトと言っても、それが短期なのか中長期のものなのかで考え方も変わってくるので、デジタルにおいては、そこのさじ加減が難しいと思っています。また、数字の側面からの視点と、ユーザーの側面からの視点の交互に使い分けをしている感覚があります。数字だけだと短期的な利益や改善にのみ動いていってしまうので、「お客様の課題ってなんだっけ?」という視点で情報を集めたり、決済・ログインを含めたサービス開発をしてきました。

ただ、いろいろな企業が「デジタルシフトをしたい」と言っていますが、どこにデジタルを活用すべきかは考え直す必要があると思います。よく「店頭でもデータをとってCRM(Customer Relationship Management)に生かしたい」という企業がありますが、「CRMの何に活かしたいんですか?それでお客様にメリットが提供できるイメージがありますか?」と聞くと答えられない場合があります。購買を促進するために「購買データに合わせてオススメ商品のメールを送りたい」という企業もありますが、購買データを元にした商品をオススメされて本当に嬉しいでしょうか。例えばバッグを購入したお客様は、購入品と類似したバッグをオススメされても嬉しくないですよね。オススメの仕方は、データよりむしろ店舗での接客を参考にした方がいいんです。例えばハウスカード会員の獲得を主要KPIにされている丸井の方から以前聞いたのは、「店舗でのカード入会案内ナンバーワンの実績を持つ、現EC担当者の経験」をECに落とし込んでいるということです。店舗で成功していることをデジタル化した方が、結果につながる確度も高いし、与えるインパクトも大きいですよね。デジタルはデータがとりやすいからと言って、むやみやたらにABテストをしたり、データに基づいたレコメンドをすればいいというのではなく、すでにある知見をいかした上で必要な部分を自動化していった方が早いと考えています。

数字の奥にユーザーの塊を見る

:小売ではよく「売り場は生き物」と言いますけど、ウェブサイトを「生き物」として見ていない企業が多いと感じます。売り場だったら、今必要ならやるし、必要じゃなかったらやらないのは当たり前なんですけど、ウェブサイト上になると途端に、管理者的に遠くから傍観するだけになってしまう企業が多い。ウェブ上でも実店舗と同じ感覚を持って、施策を継続しているのがすごいと思います。どうやっているんですか?

川添:まずその違いを知る必要があって、実店舗での販売は1:1がn回行われているのに対して、ECは1:nで販売が行われるからなんじゃないかなと。しかも、サイトのフロントだけを見ても、実店舗のような賑わいや変化が見られません。だからこそ、オンラインでは数字の意味合いを理解することが大事ですよね。そうすると課題が見えてくるし、さらに元を辿ると、ユーザーに行き着きます。最終的には、ユーザーを知りたいとしか思ってないんです。

数字の奥に人の動きが見えるか見えないかで全然違いますよね。僕もメンバーを教育する上で悩んでいるんですが、そこが見えるようにするにはどうしたらいいでしょうか。

川添:私自身も多少ですが店頭での販売経験があるのが前提です。それでも、数字の奥にユーザーがいるという実感を持つのは難しいですが、量と質の両面からユーザーを知ろうとすることが大事です。サイト上の購買・行動データやアンケートなどで量を取るのと、ヒアリングで一人にフォーカスして深堀りしたり、店頭での接客の反応を聞いたりするのと、両方やるようにしています。

僕は商談でも、コンタクトレンズを使っている人には、どんなコンタクトレンズを使っているか?どこで買うか?なぜそこで買うか?などを聞くようにしていますよ。聞いてみると、利用しているコンタクトレンズ店に思い入れがある人はほとんどいない。大体が「わずらわしさ」や「そこで買わなきゃいけない」と思って同じ店で買われています。また、以前、LINEを使ってアンケートをしましたが、毎回同じ店で買うという回答が大半で、価格を覚えていますかと聞くと、意外と半数くらいは覚えていないという回答だったんです。「まじか」と。これは一側面でしかありませんが、そうすると、ユーザーペインは「わずらわしさ」なんじゃないかということが見えてきます。複数の情報を知ることで、何がユーザーにとって重要なのかのヒントを発見していく。そうするといくつかの課題が見えてきて、そこを解決することで独自性につながると思っています。

メガネスーパーのECには、特定のURLからログインすると、前回と同じ商品、度数、個数、決済方法で注文確認ページに遷移できる導線を用意しています。先ほどのわずらわしさのうち、「同じものを毎回購入する必要があるわずらわしさ」を解決する上では、ここの導線を強化すべきとわかりますよね。現状の数字を見ると、そこで一定の売上を確保できていて、ECにおける重要なサービスになっています。一方で、ユーザーペインを解決できる導線のはずなのに、通常購入のうちリピーター購入の過半数までにはいっていないのは、ユーザーに機能を知られていないことが課題なのか、そのほかの理由があるのか。解決すべき課題が明確になると、それをさらに細分化して打ち手を考えられるようになります。

:川添さんは年末になると、自分でポスティングやティッシュ配布をされたりしていますよね。意識的にリアルとの接点も持つようにしているのでしょうか?

川添:何が重要な情報なのか見極める上ではリアルはとても大事です。僕の原体験は実家の旅館にあるというのもあります。しかし、そもそも、ウェブで全てが伝わるなんて全く思っていません。ウェブだけでハートウォーミングな接客ができるとも、ユーザーの全てのデータが取れるとも思っていないんです。リアルの店舗でやれることが無限にあるのに対して、現時点でウェブは制限された状況下で接客している。それを感じているから、ウェブでわからないことはリアルで補完しようという意識は常にありますね。

:ウェブサイトを担当していると、数字だけを見てユーザーを同一に捉えてしまいがちです。いろんな人がいるという前提で、ベストな切り口のクラスタを持てるかどうかが大事ですよね。

川添:そうですね。顧客理解の目を養うためにも、マーケターはユーザーに接して、自分の価値観がぶっ壊れる体験をした方がいいと思います。前職でガールズアパレル企業でECサイトを運営している時に何度か価値観がぶっ壊れました(笑)。年間購買金額を見ると、商品単価4,000~5,000円くらいの商品を数十万円お買い上げいただいているお客様がいらっしゃるのも驚いていたのですが、ウェブアンケートをやると「ここのブランドの服を着ると、ものすごくハッピーになる」「大好きです」と書かれているのをしばしば見かけました。高級ブランドの服を購入できるお金があるのに、このブランドの服でこんなに幸せになれる人がいる。それはマーケターとして客観的に考えていたのでは思いつきもしない価値観でした。でも、それが是だと思ったんですよね。他にも、誤ってカラーバリエーションの商品画像を登録し忘れていたのに、数枚売れていたとか。そういった事実を見ると、自分がマーケターとして考えている価値観が、お客様にひっくり返される。その経験をすることで、企業目線こそ疑うべきで、ユーザー側の見方の重要さを知ります。そして、データだけでは見えないユーザー像であったり、それがある程度の塊になっていることをみれるようになり、大事にすべき数字も見えるようになると思います。

データは次の一手を導く「きっかけ」

:デジタルシフトを推進する中で、川添さんは組織も作っていっていますよね。リアルの店舗で働いている人にデジタルの重要性を理解してもらうのは難しいと感じますが、コツはありますか。

川添:デジタルに対して協力的な企業文化を作るのも大事ですが、それよりも中長期的な利益にコミットできる企業文化の方が重要だと感じます。前職でも現職でも、利益の貢献度や利益に対する効率が伝わるようになると、店舗でも動く理由ができてきます。それが大前提で、その上で担当者のテクニックが問われますね。テクニックとして大事だと思うのは、まず小さく結果を出すこと、そして誰を巻き込むか。僕が新しいことをやる場合は、最初に意図的に検証店舗を巻き込み、事例をつくって全社の施策にしていくようにしました。

次に、新しく始めなくてもできることにデジタルを取り入れられるか。メガネスーパーの店舗では入社当時から、業態の特徴としてお客様情報をお預かりしデータ化することや、メガネスーパー独自としてクーポンコードを入力する文化がありました。現在は、マーケティングチームが主導し、それに加えて、以前はどこで買い物したか、来店のキッカケ(流入経路)などを聞いて、データ化するようにしています。それらの情報を掛け合わせることで、店舗ごとの集客施策や予算の配分などに活かされています。

:お金をかけないでできることをしていますね。

川添:一言に専門店といっても、アパレルとメガネ・コンタクトレンズ・補聴器店でできることは変わってきますよね。ユーザーの求めることや接客時間なども異なります。また、資金力があってカメラなどで代替する方法もありますが、今のところは人が頑張ってやった方が効率がよいわけです。スピードや実行力でパワーゲームに対抗する方法はあるということですよね。取得するデータが増えるのは大変でも、その一つ一つがさらに施策に活かされて、お客様へのサービスに返っていくサイクルができることで、店舗スタッフのデータへの関心が高まりました。デジタルの観点では、来店経路のデータに敏感になると、コーポレートサイトの店舗ページやGoogleマップなどを見ての来店に実感がわき、各店舗の店長や数店舗を管轄するストアディレクターが自らGoogleでの検索順位を調べたり、広告を含めてウェブでの集客をしたいと相談に来たりするようになりました。

データによって、取るべき次の施策が決まってきますし、考えていることをより高いレベルにすることができると考えています。逆にデータをうまく使えなければ、次の打ち手のチャンスを潰すことになる。データは答えではなく、答えを導くきっかけとして使うことが重要です。

:データは「きっかけ」なんですね。データの重要性を組織に浸透させるためには、担当者のテクニックも重要ですが、経営者がデータ活用の価値を言い続けることも大事だと思います。経営者が動かない場合はどうしたらいいでしょうか?

川添:企業には必ず潮目があるんですよね。僕も前職では、最初データの重要性を訴えても見向きもされませんでした。しかし経営者が変わった時、周囲が「ECに関しては川添さんに話を聞いたほうが良い」と推薦してくれたらしいんです。部門責任者よりも先に僕と面談してくださり、結果的に僕が部門責任者に抜擢されて、そこからできることが増えていきました。下準備を周りの人が見ていてくれたんです。

経営者や各部門のリーダーが変わったりやめたりするとき、自社の業績、同業界の他社の動向などは、大きな潮目になると思います。ブランドやお客様を本当によくしたいという信念があるなら、潮目に備えて準備をした方がいい。自部署、他部署に関わらず普段から困った人に手を差し伸べるなど、自分の責任でできることを増やす工夫をすることが大事だと思います。

「ファーストペンギン」の個人、大義を掲げる企業が重要な時代に

:川添さんは、個人でもマーケターを集めた「ZOE会」や「ZOE祭」など、いろいろな動きをしていますよね。デジタルシフト時代の中で、今後個人はどう行動していくべきだと思いますか?

川添:デジタルシフトによって、世の中には多くの情報が溢れています。それを受けているだけだと、全てのことが後手に回るんですよね。能動的な人であっても、ただ情報を受け取るだけになってしまう可能性が高まります。

その中で、信ぴょう性が高いのは一次情報。だから、まず気になることは自身でやって、自分が情報を発信する側になることが大事だと考えています。例えば2014年から、サプライヤーと事業者は同じ課題を共有できる仲間であるとしてZOE会を始め、互いが考えていることを共有したり、課題をディスカッションする場を作っています。その中で仕事が生まれることもあります。また、個人としてクラウドファンディングを使って、ZOE会を軸としながらフラットな学びと交流の場としてZOE祭(ゾエまつり)も開催しました。なんでも、自分が主導して体験し、情報を発信した方がいいんですよ。体験だけでなく情報発信をセットにすると、あらゆる情報に対して何が良いか?悪いか?などを体系化する癖ができます。結果的に、主導する人に情報が集まる世の中になっています。

今は、やってみることによって何が起きるか?これからどうなるか?が知りたくて行動してみることが多いですね。やるとどこがボトルネックになるか?とか、企業としてn倍化してやる方法が見えてきます。後手に回らないために、まずやってみることが重要だと思っています。

:これからの時代、企業はどうなると思いますか?例えば世界では、企業がサステナビリティに投資するのが当たり前になってきている中で、日本は遅れてきています。

川添:確かに、これからの時代の企業は「なんのために存在するか、そのために何を提供するか」がないと存在意義がなくなっていくでしょう。メガネスーパーでも、ただメガネやコンタクトレンズ、補聴器を売るのではなく、「アイケアというソリューションを提供する」こと重視するようになりました。色々な苦難を乗り越えてきた中で、それが存在意義だと会社として見出したからです。今は、その大義に沿ってそれぞれが戦略を展開しています。

:大義を持つ企業が増えると、それに共感する消費者と直接つながる、意思的なD2Cが増えていくのでしょうか。僕自身はその方が好きなんですけれど。

川添:そうなる方がビジネスサイドで見ても効率がいいと思います。一方、大局で見ると、ここ10年でプラットフォーマーの影響力は強くなっていますが、事業者側のEC環境はほとんど変わっていません。これまでも、セリングパワーのある小売が力をもって来ましたが、今後はそこにデータを持つ小売が中心的な存在になり、メーカーが商品を提供するだけという関係性になる可能性もあると考えています。データをとれない、またはいまだに無関心なメーカーは、単なる工場になる可能性も十分考えられる。

:そうならないためにも、企業は大義を明確にし、顧客に選ばれるべく存在意義を高めていくべきですね。

プロフィール

川添 隆(Takashi Kawazoe)
Twitterアカウント @tkzoe
1982年生まれ、佐賀県唐津市出身。販売、営業アシスタントとして総合アパレルのサンエー・インターナショナルに従事後、ネットビジネスを志しサイバーエージェントグループのクラウンジュエル(現ZOZOUSED)へ。ささげ業務から企画、PR、営業まで携わる。2010年にガールズ系アパレルブランドを展開するクレッジに転じ、EC事業の責任者として自社ECサイトの内製化、EC事業を2年で2倍に拡大と共にLINE@の成功事例をつくる。2013年7月よりメガネスーパー入社。EC事業、オムニチャネル推進、WEBに関わる全てを統括し、EC事業は6年強でEC事業の年間売上は6倍、自社ECは月間受注は13倍に拡大。他社のコンサルティングにも従事。2017年よりビジョナリーホールディングスを兼務、2018年より執行役員。
伴 大二郎(Daijiro Ban)
株式会社オプト エグゼクティブスペシャリスト・オムニチャネルイノベーションセンター長
小売業界にてCRM戦略やデータ活用の戦略立案、 サービス開発に従事したのち、 現オプトホールディングに入社。
マーケティングコンサルタントを経て、 2015年より事業拡大に向けた新たなコンサルティング組織の立上げに参画。 2019年より同社エグゼクティブスペシャリスト就任。

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