2013年、Uberに抱いた強烈な危機感。ハイヤー・タクシー業界に急激に訪れたデジタルシフトの波。DeNAと事業統合し、オールジャパンでモビリティの未来に挑む。

2020年2月、日本交通ホールディングス株式会社(以下、日本交通ホールディングス)と株式会社ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)が、タクシー配車アプリ事業などのモビリティ事業を統合することに合意し、同年4月1日より、株式会社Mobility Technologiesが誕生しました。この事業統合は業界でも大きな話題になり、日本のMaaS(Mobility as a Service)領域の取り組みを加速するものと期待されています。今回は、ハイヤー・タクシー業界のDX化を強力に牽引している株式会社Mobility Technologiesの川鍋一朗氏に、デジタルホールディングス代表取締役社長 グループCEOの野内敦氏が、競合との事業統合に至った背景や、デジタルシフトのために必要なこと、またモビリティ業界の未来ついて話を伺いました。

ざっくりまとめ

- JapanTaxi/MOV統合の背景は、オールジャパンのモビリティ・プラットフォームを作りたかったから
- これはヤバい!2013年にUberを見て感じたタクシー業界の変化と未来への危機感
- 背水の陣でデジタルシフトに挑んだリアルな実感は「本当にDXを進めたいなら、制度もすべて変えること」
- モビリティ市場はこんなものではない。日本のポテンシャルを引き出すために、業界の壁に取り壊す必要も

配車アプリで日本が負けるわけにいかない。オールジャパンでモビリティ・プラットフォームを

―今年初頭に発表されたJapanTaxiとDeNAの配車アプリ事業の統合は、業界に大きなインパクトを与えました。統合の背景について改めて教えていただけますか?

川鍋:日本交通のグループ会社であるJapanTaxiとDeNAはお互いガチンコ勝負で、同じような配車アプリを作り、数十億の単位のお金を使っていました。お互いに超ベンチマークしていましたしね。両社とも疲れたという側面があるというか、突き詰めると張り合っているのはお互いの意地だけなんじゃないかという感じがあったんです。自分としても、この領域は家業なので、意地みたいなものもありましたが、冷静な左脳では「意味ないな」と。もともと南場さん(DeNA創業者)とはマッキンゼー時代からの知り合いだったので、やはり最後はオーナー同士の信頼関係で成立したという感じですね。

別な側面で言うと、日本で使えるMaaS系のアプリを大別すると、海外系ではUberとDiDi、国内では我々のJapanTaxiとDeNAのMOV、ソニーなどが出資するS.RIDEがあります。ただ最近は、ライドシェアも少し失速気味で、韓国やドイツのようにタクシーをどんどんDX化しようという方向に進んでいました。

そうなった時、やはりオールジャパンで進む必要があるのではないかと。電車もバスもタクシーも公共インフラでビッグデータが集まってきます。配車アプリだけ外資系になると、国家安全保障上でも懸念が出ますから、ここは絶対失っちゃいけない。自動車や自動運転は、国策としても負けられない。経産省も国交省も「そうだね」と。自動車はトヨタが頑張ってくれているなかで、アプリも負けるわけにはいかない。そこで2社でオールジャパン的なモビリティ・プラットフォームにしよう! という気持ちが固まりました。

野内:統合の話は衝撃的なニュースでした。JapanTaxiからMobility Technologiesに変わり、経営統合で資本も対等比率になりました。その点はどうお考えですか?

川鍋:日本交通は、90年間ずっと自己資本でやってきた会社ですから3代目としては、やはり株式に強いこだわりがありました。しかしタクシーとアプリではビジネスの在り方が全然違うんです。前者は人がやるオペレーション、後者はテクノロジーがベースですから、コストも時間軸もまったく違う。

アプリビジネスは早く成長する必要があります。ですからこの事業で成功するために、今までとは考え方を大きく変えました。新たなMobility Technologiesでは、基本的にDeNAと日本交通ホールディングスは最後の1株まで同じ、取締役の数も同じ、完全にイコールパートナーです。南場さんも最後は決断してくれて、互いに本気だということが分かりました。

Uberを実体験して感じた強烈な危機感。タクシー業界に急激にITの波が来た。

―そもそもJapanTaxiが業界に先駆けて配車アプリを手掛けた経緯を教えてください。

川鍋:最初はガラケーで配車サービスを提供していたんです。今風に言えば、当時はすごくUXが悪いのに必ずガラケーで頼んでくるお客さんがいて。そこで間口は広い方が良いと思い、とりあえず2011年に配車アプリを内製化して提供したんです。それがたまたま名古屋や札幌などの全国のタクシー会社で使いたいという話になり、「ならば、どうぞ使ってください」という感じで水平展開していきました。

野内:最初は日本交通が呼べるサービスとして作ったアプリが、インフラになったということですね。

川鍋:そうですね。これまでのタクシー業界はオペレーションが中心だったのですが、アプリの提供を始めてから、これは根本的にマッチングビジネスであり、極めて資本集約的、頭脳集約的、テクノロジー集約的な産業になると気づきました。それこそ超ベテラン運転手より、シリコンバレーの半袖半ズボンの兄ちゃんのほうが、効率的に精度も良くできる世界がやって来るだろうと。本業の半分くらいが急激にITになった。これはヤバいなと思ったのです。

―何か、そういった危機感みたいなものを覚えるキッカケがあったのでしょうか?

川鍋:ヤバさを感じたのは、 2013年にUberを初めて見たときです。アプリを立ち上げたあと、「アメリカにうちと同じようなことをやっているUberっていうのがあるらしいから、まず見に行こう」と、ご褒美にエンジニアたちとシリコンバレーに視察に行ったのです。私は4年間アメリカで過ごしていて、シリコンバレーなどは非常に土地勘があったんですよ。それで軽い気持ちでUberを見に行ったんです。それでサンフランシスコ空港に降り立って、その後3時間くらいこのシステムはどうなっているんだ!と言いながらみんなで空港にいました。Uberを呼ぶと、「よう!」と兄ちゃんが自家用車で来るわけです。なるほど、こういう世界かと。ビビビっと来たんですよね。これは全世界で同時発生的に起きる現象だと。そこで完全に腹が決まりました。これはやらざるを得ないと。

野内:なるほど。それで、ITの方に軸足をシフトしたということなんですね。

川鍋:ええ。ただ自分がテクノロジーに関して弱いと思っていたので、最初は臭いものに蓋をしていて、本腰を入れるまでに1年ほど掛かりました。見て見ぬふりをしていても、何度も頭をよぎるので、2014年になって自分がIT側に100%行かないとダメだと腹を括り、日本交通の経営をすべて任せられる人を探しました。それで2015年にカネボウ化粧品を再生したプロ経営者の知識賢治氏を招いて、そこから自分は褌を締め直してIT系のJapanTaxiに没頭することにしたのです。

いま自分としては、二足の草鞋でなく、三足の草鞋を履いている状態ですね。日本交通とMobility Technologiesに加えて、全国ハイヤー・タクシー連合会の会長も兼任しているので。リソース配分的には、78%がMobility Technologiesで、20%がタクシー協会、残り2%が日本交通という感じ。これまで15年間ほどオペレーションが本業である日本交通に専念して来たので、今度は15年くらいITを本業にしないといかん、と思っています。ようやく今年で5年目になりました。

この9月から新タクシーアプリ「GO」(ゴー)をリリースし、JapanTaxiアプリ提携車両の一部とMOV提携車両をネットワークでつなげて、首都圏や京阪神を中心に全国展開しているところです。

車両のリアルタイムな位置情報と高度な配車ロジックで、ユーザーと近くのタクシーのマッチング精度を向上させ、より早く乗れる体験を追求しています。ですからJapanTaxiアプリから「GO」への移行をお願いします。

服装から人事体系、就業規則までを全部変え、今では自分も「Tシャツ短パン」で執務

―川鍋さんは、まさにデジタルシフトを現在ご自身で体現されています。経営者として何か気づきはありましたか?

川鍋:私の場合は、Uberに攻められて、たまたまITにシフトし始めたという感じです。いつの間にか、そういう状況に追い込まれ、背に腹は変えられなくてやっているわけです。 正直、自分自身も半分は無理している面もありますね。今は、8割はITベンチャーの会長という気持ちでやっています。ですからテクノロジー的にもまずは恰好から入ることが凄く大事。少なくとも努力している姿勢がないといけません。

従来の世界に安住すればラクですが、本当にDXを進めたいなら異文化コミュニケーションというか、もう服装から人事体系、就業規則まで全部つくり変えなければいけない。自分も以前までは日本交通の社員に「シャツの第一ボタンが開いているよ」と注意していたので最初はTシャツで働くエンジニアを見ると辛い気分でしたが、柔軟な対応が大切だと(笑)。今は自分も、普段はTシャツ短パンでやっています。だから一部上場企業の考え方や行動様式で進めていたら、絶対にベンチャー側やDX側には渡れないと思いますね。

野内:そこまで言い切れるのは凄いです。ある意味でデジタルシフトにおける企業経営のロールモデルに近いかもしれません。トップ自らが乗り込み、実体験でエンジニアをリスペクトする姿は、日本企業にはそんなに例がないですよね。逆に言うと川鍋さんみたいな人がどんどん出てこないと、日本企業は世界で本当に戦っていけないと思いますよ。

ディスラプト・スタイルでなく、業界全体を巻き込んでDXを進めることがポイントに

―もう少し近未来の事業戦略や組織戦略などについても教えていただけますか?

川鍋:ハイヤー・タクシー業界の会長という立場もありますので、業界の進化のためには規制緩和をどんどんやっていかないと、真の意味でDXのポテンシャルが発揮できないと考えています。たとえば、現在は相乗りタクシーも、需要と供給に応じて価格を変動させるダイナミック・プライシングもできません。「タクシーのメーターもソフトウェアにして欲しい」と、ずっと主張しています。そういうところはベンチャー的な立場では変えられるのですが、実際には業界では難しい面もあります。

いわゆるディスラプト・スタイルは日本の場合はかなり難しくて、業界全体を巻き込んでいかないとDXは進みません。ハイヤー・タクシー業界も変わりたくないわけではありませんが、やはり恐れもあるわけですよ。だから政治家も省庁も業界も巻き込み、自分が決断できる最速のスピードで、業界を牽引していきたいと考えています。

自分はタクシーには詳しくても、何か秀でたスキルを持ち合わせていないと思っています。ある意味では器用貧乏なんですね。しかしプロデューサー的な立場で、三足の草鞋を履きながら、重なり合う部分で「これやりましょう」と提案し、みんなで足並み揃えて意思疎通できる役回りになりたいと思っています。

―野内さん、ディスラプトよりも協調路線という話はいかがでしょうか?

野内:そうですね、私はスタートアップを「デジタル・ディスラプター」と定義しています。わかりやすくいうと、業界の利害関係がなく普通に入ってこられる存在や立場。勝てるかどうかは別の話ですが、ディスラプトするモデルを考えて参入するのは、空白地帯を狙えば比較的容易だと思います。しかし大手企業がDXするならディスラプターじゃダメなんです。

それを理解したうえで、川鍋さんのように三足の草鞋を履き、調整しながら進めていくのも難易度が高いことです。既存の事業から進化形でイノベーションを起こすことを、ディスラプトというよりイノベーションと定義しているのですが、川鍋さんがされていることはまさにイノベーションだと思っています。Uberは破天荒な形で上陸してきたけれども、当時日本はすでに川鍋さんがされていたインフラがある程度整っていた。壊すだけがすべてじゃないという一つのモデルケースであり、他企業にも同じようなヒントがあるのではないかと思っています。

川鍋:まさに、そうなんですよ。ベンチャーの世界やテクノロジーの世界は意外に小さくて、みんなでやっているという濃密な意識がある。でも本来は大きな産業からDX化したほうが絶対に効率がよい。一番の近道は30代くらいの若い人たちが活躍できる場があること。でも、それが不可能なので、せめて出島みたいな感じでやろうという話になるわけです。

DXって言うからには、まず自分からやらなければいけないと思うのですが、CVC(Corporate Venture Capital)なんて言わないで、誰か若い子に100万円ぐらいでもいいから、ポンと投資してくださいと。それだけで呼び込む側、もう向こう岸に渡ったことになるのですから。

野内:そうですね。DX専用のファンドをつくって、そういう人たちに対してみんなから出資してもらえばよいと。デジタルシフトの基本として、まずは異文化のネット企業の人たちと接するところから始めたら面白いですね。

バス・トラック・タクシーが一体となり、移動インフラとして地域の安心安全を支える存在に

―最後になりますが、コロナ禍になって、社会やテクノロジーがどう変化していくのか、川鍋さんのご見解をお願いします。

川鍋:コロナ禍によって、世界中のDXが進んだという意味では、大きな転機になったと思います。たとえばタクシーアプリの利用率も大きく上がったり、タクシーでフードが運べるようになったり、いろいろなことが加速化したような気がします。

最終的には、国土交通省のなかで自動車局という組織ができて、バス・トラック・タクシーという垣根が崩れる方向に行って、全部一緒に管理できようになればと思っています。モビリティは基本的にインフラなのでコストがかかるため、なるべくまとめていかないといけません。今地方で何が起きているかというと、運転手さんの有効求人倍率が5倍ぐらいあっても、応募が1倍くるかという人手不足の状況なのです。

これがバス・トラック・タクシーが全部一緒になったら、ぴったりと合うんですよ。だからマルチタスクでやっていかないといけなくて。でも、今はまだハードルがあるので、そういうものをいかにして飛び越えていくのか。やはりニーズが高い地方から少しずつチャレンジしています。

たとえば先般、千葉県の外房線で1時間に1本くらいしか通らない駅舎が郵便局になりました。JRが郵便局に委託して郵便局の新社屋を駅舎に置いてもらったらしいのですが、「それだ!」と思いました。そこにタクシー営業所もトラックも全部つけ、営業所=駅=郵便局になればWin-Winになると。言うはやすしで利権もあって、実際はすごく難しいんですけど。そういう垣根がどんどん取れる世界に向かえば良いと思うんですよ。


―モビリティ市場の成長の中で、今はどんなステージにあるのでしょうか。

川鍋:まだまだモビリティ市場は黎明期ですね。配車アプリは統合した2社合わせても、走っているタクシーの中で、アプリを使った利用はまだ3%ほどなんですよ。

そしてモビリティの未来は、バス・トラック・タクシーが全部が混然一体となっていく世界です。10人乗りぐらいのオンデマンド・タクシーが自動運転で周回し、高齢者を病院まで送り、その帰りに宅急便を渡したり、車内には小さなコンビニのようなものが搭載されていたり、EVなので災害時にも使うことができる世界。私は便宜上でタクシーと呼んでいますが、そういった車両が「All multi-purpose vehicle」の移動インフラとして、地域の安全・安心を支える存在になるだろうと考えています。そういうモビリティの未来には、これから30年ぐらいはかかるんじゃないかと思っています。

まだタクシー業界も日本もこんなもんじゃ済まない。DX化によってコストが削減され、どれだけ生産性が上がるのか。そういう世界がゴマンとありますから。日本のポテンシャルは相当高いと思いますよ。
川鍋 一朗
株式会社Mobility Technologies 代表取締役会長  

1970年 東京都生まれ。慶應義塾幼稚舎から中・高を経て、1993年慶應義塾大学経済学部卒業。1997年、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院を修了。同年マッキンゼー日本支社に入社。2000年に日本交通に3代目として入社。当時1,900億円の負債を抱えていた同社を大胆な経営改革で立て直す。専務、副社長を経て、2005年、代表取締役社長に就任。2015年より会長、JapanTaxi株式会社社長を兼務。現在は、JapanTaxiとDeNAのMOV事業の統合により、株式会社Mobility Technologiesの会長として陣頭指揮を取る。
野内 敦
株式会社デジタルホールディングス 代表取締役社長 グループCEO
Bonds Investment Group株式会社 代表取締役

1991年森ビル入社。1996年オプトに参画。共同創業者として、グループ経営、組織運営、新規事業設立など、グループ成長拡大に一貫して携わる。2020年4月より現職。

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