トップマーケターが語る 2020リテールビジネスの展望
2020/2/6
2020年1月22日に東京・渋谷で開催された「Customer Engagement Conference TOKYO(CEC)」の模様をお届けする。今回は、小売業界で起きている顧客の購買行動の変化やテクノロジーの進化をテーマに、業界の最前線で活躍するスピーカーが集ったセッションについて紹介する。
Contents
■登壇者紹介
執行役員 デジタルエクスペリエンス事業本部 本部長
川添 隆氏 (Twitter / @tkzoe)
佐賀県唐津市出身。アパレル関連企業2社を経験後、前職のクレッジでEC事業の責任者としてEC売上を2年で約2倍に拡大。2013年7月よりメガネスーパーに入社。EC事業、オムニチャネル推進、デジタルに関わる全てを統括し、6年強でEC事業の年間売上は6倍、自社EC月間受注は13倍に拡大。オムニチャネル・O2O推進を図り、他社のコンサルティングにも従事。2018年よりビジョナリーホールディングス執行役員。
執行役員マーケティング統括部部長
藤原 義昭氏 (Twitter / @yfujihara)
1999年、ブランドリユース事業社のコメ兵入社。2000年に同事業部のEC立上げに携わって以降、業務範囲を拡大し、現在では、全社マーケティングを統括をしている。オンラインとオフラインを統合した顧客体験の向上を通して長い関係性を構築していくことを進めている。
代表取締役CEO
森 雄一郎氏 (Twitter / @yuichiroM)
1986年生まれ、岡山県出身。大学卒業後、ファッションイベントプロデュース会社「ドラムカン」にてファッションショーのプロデュースに従事。その後、ベンチャー業界へ転向。不動産ベンチャー「ソーシャルアパートメント」、フリマアプリ「メルカリ」の創業期に参画。2014年2月、自身が洋服のサイズに困っていた経験から、カスタムオーダーのビジネスウェアブランド「FABRIC TOKYO」をリリース。
取締役執行役員LOHACOグロース本部長
輿水 宏哲 (Twitter / @hkoshimizu)
BtoC向けEC「LOHACO」(ロハコ)を担当。2000年大学4年在学時にeグループに入社、2001年会社買収によりヤフーに転籍。2006年はてな入社、取締役経営企画担当。2009年グリー入社、執行役員Web Game事業統括本部Platform本部長。2014年アスクル入社、現在に至る。1977年生まれ。
■2020リテールビジネス最新予測!―新しい顧客像を掴め―
藤原:株式会社コメ兵の藤原と申します。元祖サスティナビリティ企業です。よろしくお願いします。
森:2014年にFABRIC TOKYOというカスタムオーダーのBtoCブランドを立ち上げました。昨年「STAMP(スタンプ)」という3Dスキャナーを活用した無人店舗型のBtoCブランドを立ち上げて、身体にフィットしたオーダーメイドのジーンズが作れるということも始めています。
輿水:アスクルで個人向けの日用品のECサービス「LOHACO」のデジタルマーケを担当しています。メーカーさんと連携して暮らしに馴染むデザインというコンセプトで、ECに最適化した日用品を作っていたり、配送まで自前でやっていたりとしています。
今年はオリンピックイヤーですし、5Gやサスティナビリティなど環境変化の影響も、小売りビジネスにおいて高いと感じています。単純な小売だけだとキツくなってくるんじゃないでしょうか。ビジネスの領域を広げたり、構造を変えたり、チャネルの部分でコミュニケーションを進化させていく必要があるんじゃないかと私自身捉えています。
お三方は、それぞれの事業で、何か進化しなきゃいけないと考えているところはありますか?
藤原:都市型店舗がこれから直面するのは、まず人口減。オリンピックイヤーに向けて、商業集積地の賃料相場が上昇しました。人件費もすごく高くなってきている。お店を運営する中で一番コストがかかる賃料と人件費が上がっても、売り上げは上がらないとすると、どうやって解決していくか考えていきたいですね。
テクノロジーがどんどん発達して、お客さんの出入り口というのは、もうリアルチャネルだけではないので、いかにデジタルの空間も捉えて利益を出すかというのが重要だと思います。去年くらいからリテールテックって日本でもすごい進化しています。ソリューションを取り入れ、一人当たりの作業効率や、利益をどうやって出すのか課題です。
コメ兵の場合、今新規出店をしていますが、モノを販売するだけのお店というのはほぼ作っていません。原資となる商品を買い取る買取専門の店舗は作っているんですが、十数年前から予約型販売のソリューション(コメ兵の「お取り寄せサービス」)を作ってきたので、そこを強めて、店舗にモノを一つも置かずに販売することをこれからは増やしていきたいと思っています。
川添:販売機能はおさえているってことですよね?
藤原:店頭在庫が備えていませんが、ECをカタログのように見ていただきながら、お客様のニーズをお伺いしています。なぜなら、我々が扱う商品はほぼ中古品なので実物を見なきゃ商品の状態やディテールは、わからない。見たい商品があれば取寄せ予約をして、商品センターの方から店舗に最短翌日で届けて、お客様に実物を見てもらい、買うか買わないかを決めていただくんです。そこは従業員の力量にもよると思うので、人間的なところは残しながらも、フィジカルな部分をどんどん小さくするというのはチャレンジしています。
川添:無駄な床は減らし、コンパクトにやっていくと?
藤原:銀座や新宿は当社の規模を感じていただくための旗艦店として残します。でもお客様がコメ兵でモノを売りたい買いたいとなったら、わざわざ銀座に行かなくても、家の近所にその機能さえあればいいんです。家の近所にある店舗でECで予約して取寄せた商品を確認できるという状態を今作り出しています。
川添:森さんのところも今店舗を増やされていて、尚且つ基本的には売らないお店ですよね?
森:店のあり方は根本的に変わって来ていて、これはもう不可逆だと思うんですよね。昔は売り場って呼んでいたけれども、売り場っていう言葉は多分無くなっていって、何か他の機能が付けられるんじゃないかと思っています。うちもその解が出ているわけではなくて、いろいろ実験しているんですよね。
直近の課題としては、二つ思い浮かびます。一つはデジタルネイティブの組織を作れるかということ。組織をテック組織にアップデートしていくことを2020年の組織戦略に置いています。例えば管理部門やカスタマーサポートです。デジタルをメインにやっているチーム以外の部門も、どれだけテクノロジーを活かしたチームづくりができるかが課題。採用もかなりテクノロジー側に造詣が深い人材を採用しています。デジタルでお客さんとのコミュニケーションがやりやすくなったし、データでしっかり追えるから、エンゲージメントを論理的にデザインできる世の中になって来たと思うんですが、サプライチェーンを組織する全体がその理解を深めていないと、なかなかいいサービスになっていかないと思いますね。
もう一個はCPA(Cost Per Action:顧客獲得単価)がめちゃくちゃ高くなって来ていること、あらゆる業態で。インターネット上の広告が込み合ってきているので、他のチャネルを作るのか、最適化するのか、その辺の調整はして行かないといけないと思っています。
川添:なるほど。オンラインだけでやるLOHACOさんは、集客の部分で課題と捉えていらっしゃるところはありますか?
輿水:顧客基盤が大きくなってくると新規の数を増やし続けることが難しくなるので、既存のお客様の時間と新規獲得のバランスっていうのがだんだん厳しくなっていて、頑張らなければならないと思っております。
ビジネス全体の課題としては、我々はECなので、物流が非常に課題になってきました。例えば、ドライバーさんが配達効率を挙げられるように、AI使って配達ルートを生成しています。うちは新卒のドライバーをたくさん採用しているんですけど、それでもそれなりに生産性が出ていると思います。あとは、都内でなるべく歩かなくていい倉庫を作るなどしていますね。
川添:この間、藤原さんがツイッターで「オムニチャネルは物流です」と、いわゆるデータの話ではなく、あらゆるチャネルでどこでも買えるようにすることだという投稿をされていましたね。
結構そこに気づいていない経営者も多と思うんです。単純に倉庫をロボット化するとかそういうことではなく、お客様が欲しい時に欲しいモノがそこにある状態をいかに作るかということに投資すべきです。
お客様って予約した瞬間が、一番商品が欲しい瞬間なので、お店に届くまでに一週間後ですってなったらもういらなくなる可能性もあります。翌日くらいには商品が届くような物流を構築するということ。言い換えるとお客様とのエンゲージメントをどう高めるかは、実は物流の速さや確実さみたいなところに繋がっています。
川添:LOHACOさんではいかがですか?
輿水:我々は日用品を扱っているんですけど、やっぱ小売って仕入れているだけでは続かないなと思っています。最近はメーカーさんとも協力しながら、商品開発を頑張っていて、例えばラベルレスのミネラルウォーターなど、使いやすく、捨てやすい、リサイクルを考えた商品開発をしています。LOHACOの購買データと行動データを、メーカーさんのデータベースを突き合わせて、お客様の個人情報に配慮しながら商品を作ったりしています。
川添:なるほど。データビジネスですね。ウォルマートも小売りだけでなく、金融の方にも手を出していますね。小売は小売のままで収益源を作って行った方がいいのか、新しい収益源にチャレンジして行った方がいいのか、どう思われます?
藤原:あくまで個人的な話で、会社は関係ありませんが…アメリカを見ていても、やはり金融か医療にみんな寄って行っているわけですよね。例えばウォルマートはお金を貸すということを始めています。銀行口座も持てないような方達が顧客基盤としてあるからです。小売業というのはモノを売ってマージンで儲けるんですけれど、自分たちの顧客に対してどういうサービスを加えたら、手数料をもらえるか考えている。ソリューションを売る方向に広がるんじゃないでしょうか。
実際、日本だとマルイさんは、金融業に近いと思っています。顧客基盤としてはモノを買ってください、ということで集客されているんですけど、そのお客様の課題解決としていろんなソリューションを作っている。そうすると顧客とつながり続けるわけですよね。手数料のところでもちゃんとお金をもらいながらもお客様に喜んでもらえて、接点を作れて、長い間お客様とお付き合いができるという状況を作るのが一番ベストなんじゃないかな、と思っています。
川添:森さんのところは去年、9月にRaaS(リテール・アズ・ア・サービス)のサービスを発表されていますね。
森:うちは、オーダーメイドなので、“今”のお客様の体形にぴったりなんですね。しかし30代のお客様がすごく多くて、体形の変化がすごいんです。半年前にオーダーしたのにもう着られなくなっちゃいましたみたいな問い合わせが多くて、お直しをしていたんですが、これはサービスにできるんじゃないかと思って始めました。月額398円で、体形変動などお困りのことがあったら、お直しを何度も無料でしたり、スラックスの買い替えに控えて、生地の在庫を保証したりしています。
川添:それいいですね。
森:ビジネスモデルはAppleに近いのかなと思っています。Appleってデバイスを売った後にiCloudやApple Music、 Apple TVとかそういうサービスでの課金があるじゃないですか。うちも、洋服というハードウェアを販売した後に、それを利用した体験をソフトウェア的に提供しようというような形です。これをリテール・アズ・ア・サービス、略してRaaS(ラース)って提唱しているんです。デジタル時代、小売りは間違いなくサービス化していくと思います。
川添:テック寄りの話になると藤原さんのところはいかがでしょうか?
藤原:我々が開発している「AI真贋」は、ルイ・ヴィトンのバッグが本物か偽物かを97%くらいの精度で判定することができます。単純に効率化したいわけじゃなくて、お客様が鑑定のために待っている時間をゼロにしたいんです。テクノロジーで解決できて、かつお客様にとっていらない時間はゼロに。だけど、鑑定の理由を説明したり、話に共感したりとかは今のところ人間にしかできません。そこにいかに時間を充てるかということです。お客様の時間を奪わないって今すごく大切なことだと思うので、そこに投資をしています。
川添:では次に、2020年のリテールのトレンドをどう見ていますか?
輿水:当社はサスティナビリティにすごい力を入れています。例えばトラックをたくさん走らせているので排気ガスを減らすなど。それやっていないと選ばれない企業になってしまいますから
川添:日本だと去年くらいからメディアでも取り上げられていますね。藤原さんはいかがですか?
また、ジュエリーって甲府が主な産地なんですけど、バブルが崩壊してから海外への受注が増え、国内の宝飾職人さんの仕事が減っているんです。そういった背景から、「リメイクジュエリー」は、職人さんへの支援も意識していて、製造をお願いしています。実際に職人さんの手仕事はすばらしいですしね。ただ、利益が出ることも重要なので、そのあたりもちゃんと設計しながらやっています。
サスティナビリティってものを循環させるだけじゃないんです。うちは、リユース事業社なので、モノを作り出すことはできないので、モノの意味合いを作り出すことを頑張っていきたいなと思います。
川添: 森さんのところは、サーキュラーエコノミー(循環型経済)というのをやられていますよね。
森:昨年9月からFABRIC TOKYOの全店舗で洋服を回収し始めています。FABRIC TOKYOの洋服だけじゃなくて、他社さんの製品でも回収しています。集まった物をアップサイクルするんですね。アップサイクルというのは、回収した物に付加価値をつけて新しい物を作り出すという考え方なんですけれども、うちに関しては、もう着られなくなった不用品を繊維レベルまで戻し、機能を加えた新しい洋服にして再販するということに取り組んでいます。ちなみにまだ再販はスタートしていなくて、今年の2月くらいにスタートできるかな、という感じです。
消費者が購入する時も、採用においても、サスティナビリティや社会貢献を企業活動の中に取り入れられているところが選ばれる傾向になってきています。特に20代がそうで、彼らが30代、40代になる時代を見据えて、今のうちから顧客基盤をそっちに固めていこうと考えています。
また、うちはBtoCであり、ファクトリーダイレクトでもあるんです。気づいたのは、数メートルのサンプル生地とかが生地工場に大量に余っているんですね。大企業さんからしたら使えない物なんですけれど、うちって2mあればジャケット作れますし、3mあれば上下のスーツを作れるんですよ。これらを去年のブラックフライデーの時に、デッドストック生地として価値をつけて販売したんです。うちはオーダーメイドで在庫も持たないので、ブラックフライデーへのアンチテーゼとして「ホワイトフライデー」という真逆のキャンペーンをやって。
輿水:アスクルはコピー用紙を日本で一番売っている会社で、日本のシェアの数十%持っているので、10年ぐらい前から「木の畑」を作るということをやっています。コピー用紙を1箱お買い上げいただくごとに、2本植樹するんです。今はそれを収穫してコピー用紙を作るようになりました。
リサイクル、エコだからお金を余計に出すっていうお客様もいるとは思うんですけど、我々はBtoBで法人相手なので「エコだから高いんです」だけでは、なかなかお客様に選んでいただけない。お客様が意識しなくても普通に使っていれば、環境や社会に貢献するというのを作っていきたいなと。
川添:ちょっと話は変わりますけど、5GやVRなどのトレンドについてはいかがでしょうか?
藤原:5Gは今年日本でも始まりますし、中国ではすでに始まっていますよね。小売は坪効率をいかに高めるかが重要なんですが、5Gが始まれば、ライブコマースがもっとできるようになるなど可能性を秘めていると思いますね。
お客様とスマホでコミュニケーションを取れるのであれば、お店で接客する必要がなくなるので、コールセンターがもっと大きくなるかもしれません。
とは言っても今の働いている従業員を半分クビにしますなんてことは絶対にやりません。重要なのは、フィジカルに働いている人たちを、いかにデジタル人材にするかですね。プログラマーになってくださいとかじゃなくて、デジタルを駆使してビジネスができるように働き方を変えてもらうんです。
川添:コメ兵さんでは、どうやって教育しているのですか?
藤原:教育はあまりしていなくて、環境を整える感じですね。例えば弊社の場合だと、マイクロソフトのOfficeは使えないんですよ、社内。全部G Suite(※)にしたので。なかば強制的に、G Suiteでしか仕事ができない環境をつくりました。
※Googleが提供するクラウド型グループウェア
川添:反発がありませんでしたか?パワーポイントとかエクセルとか使っちゃダメってことでしょ?
藤原:今はボトムアップだと言われますが、全社的に変えなきゃいけないことはトップダウンでちゃんと伝えないと何も変わらない。トップの人こそ「ちゃんとやります」って宣言することが重要だと思います。
川添:では最後、まとめ的な感じでお三方に、今日話した内容も含めてカスタムエンゲージメントの重要性などについて、一人ずつコメントをいただければ。
輿水:2020年代はEC化率がどこかで高止まりすると思いますし、不景気で人口減少もあるので、真剣にお客様とどう信頼関係を築いていくか、そこを指標にしていかないといけないと思います。
森:カスタマーエンゲージメントに真剣に取り組むと新規獲得もしっかりできるということがわかってきたんですね。2019年の秋の3ヵ月の広告予算を2018年の同時期から半分くらいにしたんですよ。でも新規は伸びたんですね。リピーター側に予算や組織を振ったんです。KPIも新規を無視してリピーターに全部振ったら売上が2.5倍くらいになったんですよね、1年間で。リファラル(推薦・紹介)だったり口コミによって、新規につながるんだなと実感して、今年も頑張ってカスタマーエンゲージメントをメインのKPIにしていく考えです。
藤原:来期から、LTV(Life Time Value)を意識していくように変えようと思っています。つまり、既存のお客様へ投資していくわけですが、その中でも、お客様との接点を何回持てるかっていうところにKPIを置きたいなと。それらを管理会計に、ちゃんと反映してゆきながら、経営を見ていく座組みを作っていきたいですね。