日中ベンチャー企業の架け橋へ 深圳のITベンチャーを牽引するTechtemple(テックテンプル)×オプトグループの歩み<前編>

今や「デジタル大国」として知られている中国。その急速なデジタルシフトを支えているのが、IT関連の企業が集積し、今や中国のシリコンバレーとも呼ばれている「深圳」だ。無人コンビニ、自動運転バスなど、新しいサービスの社会実装も著しく、日本からの注目も高まるこの街に、オプトグループは2014年から中国ビジネスの拠点を置いている。

現地パートナーとして提携しているのは、中国でスタートアップ向けのインキュベーションオフィスを運営する「Techtemple(科技寺)」。主にテクノロジー関連のベンチャー支援を行う企業であり、中国におけるインキュベーターの先駆けとして知られている。

今回、その代表であるジェリー・ワン(王灏)氏が来日。深圳オプトの代表であり、オプトホールディンググループ執行役員・吉田康祐氏と、中国事業開発室ゼネラルマネージャーの李 延光氏とともに、Techtempleとオプトグループの提携が目指すものについて話をうかがった、インタビューの前編をお届けする。

■きっかけは一通のメールだった

――まず、オプトが深圳に中国事業の拠点を置いた理由について教えてください。

吉田:きっかけは2013年に始まった中国のネット広告国家プロジェクトです。中国のデジタルシフトが進む中で、ネット広告市場を成長有望産業として中国政府が指定しました。そこでITの街として急速に発展していた深圳が、その国家プロジェクトの拠点に決まり、参加企業を国内外から募っていました。

ちょうどそのとき、国家プロジェクトの運営会社から、このプロジェクトに参加しないかというメールが届いたのです。それを弊社の李が見つけ、プロジェクトの構想について話をうかがいに行きました。当時私たちは、中国に拠点を構えていなかったので、これから深圳をITと広告の街として発展させていきたいという深圳政府の話を聞いて、2014年にここを拠点に中国でのビジネスを展開していこうという意思決定をしました。

――しかし、広告ビジネスのパートナー募集がきっかけだったのに、なぜスタートアップインキュベーションオフィスであるTechtempleとの提携が始まったのでしょう?

吉田:プロジェクトに参加する事が決まった時、深圳政府から現地拠点として、プロジェクト内のビルのワンフロアをもらいました。しかし、私たちのビジネスはまだ立ち上がっていない段階だったため、1300平米のだだっ広いフロアをどうしようかと思ったんです。そのとき、たまたま、北京に出張する機会があり、Techtempleの代表であるジェリーから事業に関するプレゼンを聞きました。

当時、彼は北京に拠点を置いて、ベンチャー向けのインキュベーションオフィスを運営していました。私たちは彼の話を聞いて、同じものを深圳にも作るべきだと思いました。たとえばアメリカでも、シリコンバレーのベンチャーがあれだけ盛り上がっているのは、優れたインキュベーターたちの存在があるからです。中国が国家プロジェクトとして深圳を盛り上げたいのであれば、次々と新しいベンチャーやテクノロジーが生まれる、同じような仕組みが必要ではないか。

私たちが政府から提供されたオフィスは広告関連のビジネスに使うことが前提でしたが、「私たちはTechtempleとの提携を通じ、起業のエコシステムを深圳に作ることで、このプロジェクトに貢献します」という提案を深圳政府にしました。結果、特例としてインキュベーションオフィスを設置する許可をもらい、ジェリーと一緒に深圳でTechtempleを運営することになったのです。

■中国インキュベーションオフィスの先駆け「Techtemple」

――では、オプトグループは深圳で広告事業をやっているわけではない?

吉田:そうですね。広告事業はむしろ参入しない領域として決めています。ただ、Techtempleを通じて、多くの人脈ができましたし、深圳に拠点があるということ、しかもネット広告国家プロジェクトに外資系企業としては唯一参画している、ということに我々のユニーク性があります。

――今度はジェリーさんにお聞きします。Techtempleというスタートアップ向けのインキュベーションオフィスを始めた経緯について教えてください。

ジェリー:まず、私自身が連続起業家として、さまざまな会社の創設に関わってきました。現在もTechtempleを含め、上場企業3社の代表を務めています。私は私の経験から、創業者の苦しさ、悩みが十分わかります。だから創業者たちの先輩として、自分に何ができるだろうかと考え、2013年に北京で第一号のTechtempleというインキュベーションオフィスを作りました。

私たちは資金調達のルートであったり、創業者同士のネットワークだったり、彼らの悩みを解決するための相談センターなど、あらゆる面で中国の創業者をサポートしています。Techtempleに入居すれば、この大きなファミリーの一員として、創業者の苦悩を乗り越え、前向きに成長することができます。

――Techtempleが立ち上る以前から中国にはインキュベーションオフィスがあったのでしょうか?

ジェリー:私たちがTechtempleを始めたとき、インキュベーションオフィスというビジネスモデルがはっきりとあったというわけではありません。今の中国の創業者には、こういうものが必要だという思いだけで、私たちが第一歩を踏み出したのです。Techtempleが始まってからは、ほかにもたくさんの人たちがシェアワーキングオフィスを中国に作っていきました。次第に「WeWork」(起業家向けのコワーキングスペースを提供するアメリカの企業)のような欧米の企業の話題も耳に入るようになりました。

しかし、私が強調したいのは、WeWorkのようなシェアワーキングオフィスと、Techtempleのようなインキュベーションオフィスには、若干違いがあるということです。私たちは単にシェアオフィスの賃貸ではなく、主にITにフォーカスして、デジタルシフトを進める企業を支援しています。TechtempleにはTMT領域(テクノロジー・メディア・通信領域)、たとえばインターネット、モバイル、アプリ、通信に関連した企業しか入れません。WeWorkとの比較でいえば、彼らの入居企業でTMT領域に関連した企業は20%ほど。ここは私たちが大きく違うポイントです。

Techtempleという名前は、この特徴に由来しています。隣接した業種のスタートアップが集まることで、「1+1>2」以上の成長が生まれます。それに私たちにはこんなスローガンもあります。「創業は修行である」。創業とは、お坊さんにとっての修行のようなものです。その苦しい修行を、できるだけサポートする。だから、「Techtemple(テクノロジーのお寺)」というのです。

■中国でのビジネスは「まず人間関係ありき」

――では、オプト側にお聞きします。そんなTechtempleのどこに魅力を感じたのでしょうか?

吉田:ひとつにはジェリーさんの考え方、そしてインキュベーションオフィスというビジネスモデルですね。加えて、TMT領域に特化しているということも大きいです。ここに今の最先端のトレンドが集まっていると思うので、Techtempleで何が起こっているのかわかれば、中国の今がわかる。そこにすごく魅力を感じています。

――反対にジェリーさんから見て、オプトグループと提携する魅力とは?

ジェリー:私が代表を務めている会社の中には、中国版のオプトのようなデジタルマーケティングの企業があります。だから、以前からオプトグループのことは知っていました。でも大きいのは、吉田さん、李さんと縁があったということですね。一緒に仕事をしていて楽しい。おふたりとは相性がいいんです。

:中国では人と人の縁というものを、ビジネスでもとても大切にします。私が日本について勉強していたとき、そのときの先生は周恩来にも会ったことがある、日本の大企業の偉いさんだった方でした。その人が言っていたことがあります。

中国では、情>理>法の順番でビジネスが進む。まず、人と人の絆(情)がなければビジネスの議論(理)ができず、契約(法)に至ることもない。これが日本だと、法>理>情になる。人間関係を築く前に、「まず秘密保持の契約書を交わしてください」。そのあとに議論して、ようやく個人的な関係を結ぶ。まったく逆です。

実際、中国の超大企業のマーケティング責任者に聞いてみたことがあります。ある日本の案件があったとして、私たちオプトのようなデジタルマーケティングのリード企業と、元クラスメイトが日本で経営している小さな会社、そのどちらと提携したいですか? 彼の答えは、「当然クラスメイトの企業」というものでした。「私はクラスメイトのことをよく知っている。でも、あなたたちは何者か。私は何も知らない。だから信頼もできない」。これが中国の考え方なんです。
――こうした考え方の違いは吉田さんも実感されますか?

吉田:実感しています。私たちは中国視察ツアーを月に1回ほどのペースで開催しているのですが、バスの中で毎回この話をします。中国でビジネスをするのであれば、どんな事業をするのかということも重要ですが、まずは頼れるビジネスパートナーをこちらで見つける事が何より重要ですと言っています。

■アジア企業のグローバル進出のゲートウェイに

――ビジネスの前提となる国民性の違いみたいなものも、実際に中国に拠点を置いてみないとわからないことですね。

ジェリー:それからオプトグループと提携した2014年頃には、中国のインキュベーター及びベンチャーに興味を持っている日本企業というのは、ほとんどいませんでした。そんなすごく早い時期から中国のベンチャー、テクノロジー企業に興味を持っているオプトグループとは、考え方が合うのです。

吉田:私たちが中国の拠点を深圳に決めたとき、日本のメディアには深圳の文字がまったく出てなかったですからね。「そもそも深圳って、どこですか?」と何度も聞かれました。

:よく「香港のちょっと上だよ」と答えていましたね。

――そんなオプトグループとテックテンプルが提携することで、ジェリーさんは具体的にどういうことをやっていこうと考えていますか?

ジェリー:私の一番大きな願いは、日本と中国の企業の架け橋になることです。日本と中国は近所の国なのに、ベンチャーや中小企業の間に交流がほとんどありません。大手インターネット企業の間でさえ、コミュニケーションがないのです。だから私たちはオプトグループと一緒に、日本と中国、両方の企業がグローバルに進出する際のゲートウェイとして、日中の企業を活性化していきたいと思っています。

日本と中国の創業者をマッチングすることができれば、日本のいいものと中国のいいものが組み合わさり、もっと面白いことができると信じています。Techtempleとオプトグループは、一緒にそうした企業をサポートしていきます。

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