withコロナ時代の新潮流を生む、マイクロソフトのミックスドリアリティとは?

立教大学ビジネススクール 教授である田中道昭氏による特別寄稿をお送りします。

田中道昭(Michiaki Tanaka)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授。株式会社マージングポイント代表取締役社長。「大学教授×上場企業取締役×経営コンサルタント」という独自の立ち位置から書籍・新聞・雑誌・オンラインメディア等でデジタルシフトについての発信も使命感をもって行っている。ストラテジー&マーケティング及びリーダーシップ&ミッションマネジメントを専門としている。デジタルシフトについてオプトホールディング及び同グループ企業の戦略アドバイザーを務め、すでに複数の重要プロジェクトを推進している。主な著書に、『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)、『2022年の次世代自動車産業』『アマゾンが描く2022年の世界』(ともにPHPビジネス新書)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)、『ミッションの経営学』(すばる舎リンケージ)、共著に『あしたの履歴書』(ダイヤモンド社)など。
コロナ危機の勃発によって、多くの企業が苦境にあえいでいるなか、米国マイクロソフトは本年1-3月期決算において、過去最高益を記録しました。4月29日(現地時間)の決算発表時、同社のサティア・ナデラCEOは、「この2か月間で2年分のデジタル改革が行われた」と発言しています。たった2か月で、2年間相当のデジタルシフトを顧客と自社にもたらしたマイクロソフトに、どれだけの日本企業が対抗し得るのでしょうか?

もちろん、日本国内で緊急事態宣言が一部で解除された今でも、企業によっては感染拡大防止と経済活動維持の両立が最重要課題です。しかし、ビジネスパーソンならば、コロナ危機の最中だからこそ「ビジネスのシンカ(真価と進化)」について大きな危機感と使命感を持ち続けなければならないと筆者は思います。

そういう意味では、マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは、コロナ危機以前から、マイクロソフトのシンカを志し、withコロナ時代にも通用し得るテクノロジーを開発してきました。キーワードは「アンビエントコンピューティング」。マイクロソフトは「ミックスドリアリティ」という技術で、「アンビエントコンピューティング」の世界を実現しようとしています。

コロナ禍で見えてきた「スマホの次」

新型コロナウイルス感染症で経済全体が大きな影響を受ける中、テレワークなどの新しい働き方が急速に拡大し、人々のライフスタイルを大きく変えるきっかけにもなっているという指摘がなされています。「コロナ後の世界」はどんなものになり、どのようなテクノロジーが市場を牽引するのでしょうか。筆者はその一つとして、マイクロソフトが力を入れている「アンビエントコンピューティング(Ambient Computing)」というテクノロジーが社会の次の潮流になるのではないかと確信しています。

これまで、コンピューターによる情報処理は、ハードウェア(製品)の存在が前提でした。パソコンやスマホがあって、それを操作しないと何事も起きません。しかし、「環境の」や「周辺の」という意味の「“アンビエント”コンピューティング」では、特定のハードウェアを使うことが想定されておらず、周辺に存在する様々なデバイスが、ユーザーのやりたいことを先回りして認識し、“自動的”に実現していきます。IoTスマートスピーカークラウド、ウェアラブル・コンピューター、拡張現実(AR)など、様々な技術が組み合わさり、さらに進化したものと言えます。

筆者はこのマイクロソフトのテクノロジーこそが、このコロナ禍で、世界に大きな影響を与える力を秘めていると考えています。おそらく昨今のスマホのようなデバイスを一変させ、産業構造の変革に誘う大きな威力を持っているかもしれないのです。GAFAの次と言っても良いかもしれません。

ミックスドリアリティが『マイノリティ・レポート』の世界を実現する

マイクロソフトが「アンビエントコンピューティング」を実現させるための次の一手は「ミックスドリアリティ(複合現実)」という概念です。

つまりはバーチャルの世界と現実世界をミックスした世界。この二つの世界を融合すると3次元の空間で人々が活動することになります。あらゆるデータが目の前に現れ、AIがそのデータを駆使して可能性を予測します。

Envisioning the Future with Windows Mixed Reality

スマホがデバイスの主流である状況は一変し、ゴーグルがデバイスの主流となるでしょう。マイクロソフトでは、キネクトというデバイスとホロレンズというデバイスでこの世界観を実現しようとしています。人々はこれまでスマホによって片手を制限されてきましたが、これからは両手が自由になります。作業をしながらデバイスを利用することが可能となるのです。

マイクロソフトの新しいテクノロジーの進化を説明するのに欠かせないのがアレックス・キップマン氏です。マイクロソフトが近年、開発に力を注いだ「HoloLens(ホロレンズ)」の生みの親。1979年にブラジルで生まれた彼は、2001年にマイクロソフトに入社。100以上の特許の主要開発者であり、2011年に米「TIME」誌で「世界の100人」に選ばれる実績を残しています。

2019年5月29日、都内のホテルで開かれたマイクロソフトのカンファレンス「Build 2019」に登壇したキップマン氏は「HoloLens2」について説明しました。そのデモンストレーションは圧巻でした。

ホロレンズとは、利用者をミックスドリアリティの世界に誘うゴーグルのことです。「HoloLens 2」には10本の指を認識する機能「ハンドトラッキング」が搭載されており、画面に現れるありとあらゆるアプリを指で操作することができます。

キップマン氏はカンファレンス会場に用意された画面に自身のアバター(化身)と、もう一人のアバターを登場させ、互いに向かい合わせ、会話をさせ始めたのです。

しかも、彼が英語で喋ると、即座に音声処理がほどこされ、彼のアバターが流暢な日本語に翻訳して話し出したのです。

まさにこれは「HoloLens 2」を使って、世界中の多言語を話す仲間たちとの会話を可能にするものでした。コロナウイルス騒動の中で叫ばれる「テレワーク」や「テレプレゼンス」にうってつけの技術でしょう。

また、「HoloLens 2」では、ハンドトラッキングも可能で、バーチャル環境でピアノを奏でることもできます。

HoloLens 2 AR Headset: On Stage Live Demonstration

これを使えば、工場の製造現場での製造工程を補佐したり、医療現場でも外科手術を補佐して、実際の工程を画面で確認したり、患部の映像を大画面に映し出したりすることも可能です。

※「HoloLens 2」の詳細はこちらから:https://www.microsoft.com/ja-jp/hololens

「アンビエントコンピューティング」が実現する社会

ところで、「アンビエントコンピューティング」は、なにも最近になって現れた用語ではなく、コンピューターの世界では古くから使われてきた言葉です。それがCES2020でもキーワードとなった背景には、5Gが目前に迫っていることがあります。

4Gと比べ約100倍の速度で、大容量の通信が可能となる5Gは、自動運転やIoTによってあらゆるものにつながるコネクティッドフリーの世界、ひいては「アンビエントコンピューティング」の世界を現実のものとします。

マイクロソフトが提唱するミックスドリアリティは、まだビジネスの世界に浸透し始めているフェーズですが、5Gの拡大を追い風に、一般社会にも進出してくることになるでしょう。

一般社会に浸透すれば、街で遭遇するあらゆる物体の情報はゴーグルの画面上で検索が可能となり、やがて道を歩く際のナビ情報や、交通事故につながるリスク情報が、常時画面上に届けられることになるでしょう。

さらにIoTによってあらゆるものと繋がることで、冷蔵庫の中身や洗濯機の状況、お風呂の湯加減までホロレンズを介して情報が届けられ、会社に居ながらにして自宅の家電を操作できるようになるでしょう。冷蔵庫の中身を補充するのは、スーパーに行かなくても可能。Amazonに即座に注文できるというわけです。

これは人々の働き方を劇的に変えることになるでしょう。

これは「テレプレゼンス」の実現です。マイクロソフトのサティア・ナデラCEO曰く「テレプレゼンスとは遠隔地に存在を転送する技術である」とのことですが、つまりはテレポーテーションが可能となるということです。これはナデラ氏が非常にこだわっている概念で、グローバリゼーションの第三の波は、テレプレゼンスで実現できるとも語っています。

世界との距離は限りなく近くなり、ナデラ氏の話の通り、グローバリゼーションが一気に進むことになるでしょう。

ミックスドリアリティは人にとって良いのか悪いのか

もう一つ、CES2020で語られたキーワードが「Holistic(ホリスティック)」です。ホリスティックとは、直訳すれば「全体論の」などという形容詞ですが、その概念には自然との調和、バランスなどが含まれ健康にもつながる意味を持つ言葉です。

これがテクノロジーにおいては「統合」という意味合いで使われ、ミックスドリアリティのようにバーチャルとリアルの相反するもの同士を統合するという意味もあります。CES2020でキーワード化されたホリスティックは、テクノロジーがライフスタイルと融合した際にどのようにバランスを取り統合されるのかという課題を含意していました。

というのはバーチャルリアリティやミックスドリアリティを、少なからず否定的に捉える人がいるからです。つまり便利になりすぎて、人間にストレスを与え、その能力を削いでしまうという考え方です。

たしかにバーチャルリアリティの世界に埋没してしまえば、その人はベッドで寝ながらにして様々な娯楽に接することができ、その結果、社会生活から隔離されてしまうこともあるでしょう。

しかし一方で、バーチャルリアリティやミックスドリアリティは人間の能力開発に効果をもたらしてもきました。

「ホリスティック」という言葉がCES2020でキーワードとなっていたのは、このテクノロジーの意義を鮮明に打ち出そうという最先端技術者たちの願いがあるからでしょう。

つまりテクノロジーは人類を席巻するのではなく、人間を中心とした社会がこれからも実現され続けることを示唆しているのです。

マイクロソフトのホロレンズがさらなるデバイス開発競争に一石を投じるのは間違いないと考えています。それは私たちの生活がSF映画のように変化するだけでなく、ライフスタイルにも大きな変革をもたらすはずです。
最後に、ミックスドリアリティ、さらにはデジタルシフトも、目的ではなく手段。どのような目的のためにそれらを活用していくのか。Afterコロナこそ、人を支援し、社会的意義をもつものであるか否かが問われてくるのだと思います。

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