「メタジョブ!」に聞く、メタバース上で求められる「人材」とその可能性

今、最も注目されている市場の一つである「メタバース」。仮想空間でコミュニケーションやサービスを展開することで、新たなビジネスチャンスをつかもうと、大手からスタートアップまでさまざまな企業の参入が進んでいます。その一つであり、アバタースタッフによるVRイベントやリモート接客など、デジタルワーク(拡張テレワーク)に特化したジョブマッチングサービスを提供する「メタジョブ!」を構想した星野氏に、事業内容や今後の展望、メタバースの変遷について感じることなどを伺いました。

ざっくりまとめ

- 「拡張テレワーク」の土俵をつくり、日本の労働人口不足の問題に一石を投じたいという想いから構想したのが「メタジョブ!」。

- いかに“人”を活かせるインタラクティブな場をつくるかがポイント。無味乾燥としたECとリアルの中間のようなものをつくりたい。

- 「デジタルギグワーカー」という言葉を一般的にするのが目標。仮面があるからこそできるコミュニケーションや信憑性が存在する。メタジョブ!によって、それを現代社会に再現したい。

「拡張テレワーク」の概念から生まれた、メタジョブ!の構想

——メタジョブ!が生まれた経緯について教えてください。

2019年、Moon Creative Lab(以下Moon)の実施した起業ピッチイベントでメタジョブ!の基礎となる構想を発表し、それが採用されたことで2020年8月にMoonに出向。Moonは、三井物産グループで新規事業開発を推進するベンチャースタジオで、三井物産から出向した社内起業家(EIR)と、エンジニア、デザイナーなどの専門人材を中心に構成されています。当初はアバたらくションというプロジェクト名だったのですが、2021年10月にメタジョブ!に変更しました。

——メタジョブ!のアイデアは、どんなきっかけで思いついたのですか?

前職時代に分析業務に携わっていたのですが、そのなかで労働人口不足を解決したいと考えるようになりました。そのためには、移動することが困難な人を含め、あらゆる人がテレワークを活用できる土俵を整えるべきだと思い至りました。そのためメタジョブ!の事業アイデアを着想した当初は、「入院しながらでも働ける」というイメージでした。

ウィズコロナ時代の今、事務職の方はリモートワークができていますが、例えば接客業に従事する方は現場に行かざるを得ない。人材不足の業種であればあるほど働き方も変わっていないことも目の当たりにし、日本の労働人口不足の問題に一石を投じたいと思うようになりました。

——いわゆるダイバーシティの一助にもなりそうですよね。

実際、メタジョブ!では精神的ハードルで仕事に出られない方やトランスジェンダーの方も働いています。

DXは効率化やコストカットだけでなく、付加価値を高められるという点も重要で、今、それがうまくはまっているのがメタバースなのだと思います。メタジョブ!によって「顔を出したくない」、「遠隔地から参加したい」といった条件に伴う障壁を取り除き、機会損失を減らせる意義は大きいのではないでしょうか。

「バーチャルハロウィン」実証実験から分かった、VR空間に求められる“人”の特性

——メタジョブ!の事例について教えてください。

直近では、カラオケボックス内で楽しめる「マーダーミステリー」というゲームの企画を進めています。マーダーミステリーは、ゲームマスター(以下、GM)が複数の人を取りまとめながら進める推理ゲームで、中国では市場がすでに約2,700億円、日本でも大きな潜在性が見込まれています。このGMをカラオケボックスのモニターを介したアバターキャストが務め、来店したお客さまにゲームを楽しんでもらおうという企画です。先日実施した実験では、GMとして声優を本職とされている方を採用し、非常に好評でした。アバターGMは、ゲームの進め方に卓越していることはもちろんですが、魅力的な声質であることもとても重要であることが分かった例でした。

そのほか、中京テレビさんと一緒にVR課外授業も実施しました。愛知県の二つの高校を対象にバーチャルな教室を開設し、そこに各校から生徒が参加してディスカッションするというものです。私たちは教育の拡張と呼んでいるのですが、リアル空間の常識を壊そうという、ある意味DXの一つの要素を取り入れた取り組みです。VR課外授業におけるキモはインタラクション。普段話さないような相手との会話や、アバターだからこそ話せる内容の発言といったインタラクションを通じて、自分たちの仮説が正しかったのかを検証して、意見を集約・ブラッシュアップし、最後に発表してもらう場をつくりました。教育の拡張とは、単に座学をVR化したのでは意味がないという考えのもと、形にしていきました。

——“人”という要素が非常に重要なんですね。

メタジョブ!は完全自動化する事業内容だと勘違いされることもありますが、そうではなくて“人”をいかに活かす場をつくるかに注力しています。例えばAIのbotキャラクターがいたとして、そのbotとの定型文の会話は果たして面白いのか、という疑問があります。人間の心が動くのは、やはり人間とのやり取り。AIが一部補完することもできるのでしょうが、そうではないコミュニケーションを生み出せる仕組みづくりをしたいと考えています。

——KDDIとの「バーチャルハロウィン」の実証実験は、まさにそれを具現化していますね。

そうですね。2021年10月に実施した実験なのですが、操作説明、案内、写真撮影という三つの仕事を請け負うアバタースタッフをメタバース内に配置することによる影響を検証しました。

一つ目は、どれだけ訪問者の滞在時間を延ばせるか。ただログインして会場を巡るだけでは「こんなものか」と言って離脱する人が出てしまう。そこで「記念写真を撮りませんか?」とか「そのアバター、とってもよいですね!」などの声かけをすることでコミュニケーションを生み、自然と滞在時間が延びることが確認できました。

二つ目は、スタッフをコンテンツ化することでリピート客が生まれるのかどうか。「Twitterなどでスタッフが面白いと知り、また入ってみました」という訪問者が実際にいらしたことで、スタッフのコンテンツ化は有効なことが分かりました。

最後に、スタッフがいることで主催者の意図がより伝わりやすくなるかどうか。VR空間にも看板を立てているものの、なかなか訪問者に見てもらえない。そこでスタッフが「ここの空間がおすすめですよ」「こんな操作をしてみてはいかがですか?」といったプッシュ型のコミュニケーションを取ることで、訪問者の満足度を上げられないか検証しました。この実証実験の評判は上々で、継続した取組みにつながっています。

加熱するメタバース市場における、メタジョブ!の役割

——最近は「メタバース」がバズワードにもなっていますが、これまでの変遷をどのように捉えていらっしゃいますか?

実はやや冷静に見ています。あくまで個人的な意見ですが、メタバースに対する期待が過熱しすぎている気がするんです。2030年時点の100兆円市場という予測はちょっと楽観的過ぎるのではないかな、と。というのも、このビジネスモデルは箱だけつくって「さあ、来てください」と言ってもダメで、今後は消費者に加え、生産性などの付加価値を提供する人がなかにいなければならないと思います。Second Lifeをはじめとする既存の類似サービスは、リアルとの融合を目指してはいたものの、あくまで消費者完結の融合ばかりだった点が広がらなかった要因になったのではないでしょうか。

※3DCGで構成されたインターネット上に存在する仮想空間の一つ。日本では2007年頃にピークを迎えた後、ユーザーが減少し、「早すぎたメタバース」ともいわれている。

——やや冷静に見ているというのは、少々意外です。

メタバースのバリューチェーンについても思うことがあります。ビジネスは上流から下流に流れるわけですが、従来のメタバースでは、最上流が通信で、そこからクラウド、VR空間開発会社へと流れるのが普通です。しかし、私たちの発想はまったく逆の「需要創造型」。メタジョブ!は下流から物事を考え、本当にその需要があるのかを確認、その上で上流のインフラを整えていくのが正しいアプローチだと考えています。だからこそ、お客さまに刺さるサービスとは何なのかを追求し続けています。

メタジョブ!は、「プラットフォームをつくる」ではなく、拡張テレワークに取り組みたい企業と、新しい働き方をしたい人を結びつけるハブになることを目指しています。ハブもある意味ではプラットフォームの一種ともいえるかもしれませんが、こちらから「プラットフォームです」という伝え方はしていません。

おそらく人には、根源的に誰かの役に立ちたいとか、何かを生み出したいという想いがあり、メタバース上での仕事についても、そういった想いに応えられないと、やりがい・生きがいにつながらないのではないか。そういう意味で、メタジョブ!の役割は非常に大きいと最近つくづく感じています。大げさにいえば、メタバースブームが持続するかどうか、私たちも一つのピースを担っていると思います。

——参考になった他社事例があれば教えてください。

VR空間の計画・企画から運営までを垂直統合で実施している珍しいプレーヤーだなと感じさせられたのは、三越伊勢丹さんの「REV WORLDS」ですね。私たちもメタバースという概念を超えて重要視しているのが、オンラインのサービスに“想い”や“人のぬくもり”のようなものを取り入れること。無味乾燥としたECとリアルなショッピングの中間のようなものをつくりたいという想いは共通していると思います。

「デジタルギグワーカー」という言葉が当たり前に使われるようにしたい

——実際にどのような企業の求人が多く、どんな応募者が多いのでしょうか?

いわゆるライバーやVTuberは個人の能力でのし上がる世界で、成功している人は一握りです。そうした一握りの人だけでなく、あらゆる方々に新たな活躍の場を提供することを重視しており、造語ですが「デジタルギグワーカー※」という言葉が当たり前に使われるようになることが最終目標なんです。

※デジタル上の仕事を単発で請け負う働き方(メタジョブ!での定義)

VR空間ではリアルな接客が上手な人だからといって人気が出るわけではない、というのは他社からもよく聞く話です。例えば、リアルでは考えられないような馴れ馴れしさや個性的なキャラクターといった、巻き込み型の人のほうがバーチャルではむしろ好まれる傾向が見られるんですね。今まで活躍できなかったけれども、デジタル世界での接客はすごくうまい、というような人を生み出していくことこそ、価値が高いことだと思います。

——「メタジョブ!」の今後の展望について教えてください。

メタバースやECサイトなど、企業のオンラインサービスにおいて、商品の購入検討者と利用経験者を即時マッチングできる仕組みの開発を計画中です。スペックなどの定型化された答えを返すチャットボットサービスではなく、オンラインを介して、本当の使用感や暗黙知を教えてくれるというのが特長です。

販売員からの情報だけではなく、「故障しやすい?」といった生の情報が聞ける場をつくることで、新たな買い物体験と働く場が広がるのではないかと構想しています。口コミの進化版と言ってもいいかもしれませんね。

昔からマスカレードという言葉・イベントがあるように、仮面があるからこそできるコミュニケーションや信憑性が存在すると思います。メタジョブ!によって、それを現代社会に再現していければと考えています。

星野 尚広

Moon Creative Lab Inc. 社内起業家(EIR)/メタジョブ代表

ブリストル大学国際関係学修士。外務省・OECD日本政府代表部等を経て2014年1月三井物産戦略研究所に入社。三井物産長期業態ビジョン2030策定チームのメンバー。2020年8月からMoon Creative Labに社内起業家として出向。「好きな場所、好きな時間、好きな自分で働こう」をテーマにメタジョブプロジェクトを立ち上げ現職。

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