GAFAの覇権を崩す唯一の道は、ALL JAPANでのスケールフリーネットワークにあり。東芝CDO島田氏×GAFA研究第一人者田中教授が日本企業の生存戦略を考える

「デジタルを、未来の鼓動へ。」をミッションに掲げ、ヒト・モノ・カネ・情報というすべての経営資源の至るところで、 デジタルシフトを推進する存在となり、労働人口に左右されない経済発展をサポートしているデジタルホールディングスが開催するビジネスカンファレンス、「Digital Shift Summit」。3月5日を皮切りに、4日間にわたりオンライン開催された「Digital Shift Summit 2021」では、経済発展と社会的課題の解決を両立する、 人間中心の社会「Society5.0(ソサエティ5.0)」の実現に向けて、「企業は、働き方は、暮らしは、どう変わるのか」をテーマに白熱した議論が繰り広げられました。

1日目のTalk Sessionは「日本企業がデジタルシフトでGAFAに打ち勝つ方法」というテーマで、株式会社東芝 執行役上席常務 最高デジタル責任者 島田太郎氏、立教大学ビジネススクール教授 田中道昭氏をゲストに迎え、デジタルホールディングス代表取締役会長 鉢嶺登がモデレーターを務めました。

※本稿は対談の要旨であり、実際の対談内容は動画をご覧ください。

GAFA圧勝に終わったDX1.0。東芝が考えるDX2.0の勝機は、サイバー・フィジカル領域のスケールフリーネットワーク構築にあり

鉢嶺:第2部トークセッションに入ります。「日本企業がデジタルシフトでGAFAに打ち勝つ方法」というかなり大きな命題についてお話してまいります。よろしくお願いします。

それでは、登壇者をご紹介します。まずは株式会社東芝 執行役上席常務 最高デジタル責任者、島田太郎様です。よろしくお願いします。

島田:よろしくお願いします。

鉢嶺:続きまして、立教大学ビジネススクール教授 田中道昭先生です。改めてよろしくお願いします。

田中:よろしくお願いします。

鉢嶺:先ほど第1部の最後にも申し上げましたが、島田さんは東芝のCDO(最高デジタル責任者)を務めていらっしゃいます。さらに、前職はドイツのシーメンス社で、いわゆるドイツのインダストリー4.0*の状況を目の当たりにされた方でもあります。

*「インダストリー4.0」とは「第4次産業革命」という意味合いを持つ名称であり、水力・蒸気機関を活用した機械製造設備が導入された第1次産業革命、石油と電力を活用した大量生産が始まった第2次産業革命、IT技術を活用し出した第3次産業革命に続く歴史的な変化として位置付けられている。(総務省、平成30年版 情報通信白書より参照)

そのあたりも含めて、冒頭は、製造業がGAFAにどうやって打ち勝っていくのかという点について、先日出版された島田さんの著書『スケールフリーネットワーク』に記載の内容も含めて、お話いただきたいと思います。まずは島田さん、よろしくお願いします。

島田:ただ今ご紹介に預かりました島田です。本を読まれた方はまたこの話かと思われるかもしれませんが、お聞きください。

先ほど、過去20年のインターネットの世界はGAFAの圧勝という話を鉢嶺さんがされていましたが、私はこう考えております。スマホやパソコンで集めたデータをクラウド化して、それをデジタルな価値に変えてプラットフォーム化することを、「サイバーtoサイバー」と私は呼んでいます。

次に、例えばEC化率という指標があります。このEC化率がなかなか3割を超えないのです。これほどコロナの影響があっても、やはり人はモノを見て買いたいということです。そうすると、段々と「サイバー」側の企業が「フィジカル」側に出てくることになり、AmazonがAmazon Goを開発したり、アリババがフーマーを作ったりすることに繋がっています。

ところが、考えてみれば、残り7割,8割のデータは、実はまだ全く手付かずの状態にあるということです。例えば、日本の生活者は日常的に東芝の製品に触れています。電車に乗れば、改札機を通り、会社に行けばエレベーター、エスカレーターに乗って、ライトの下で仕事をし、買い物をする時は、POSにピッとタッチしている。東芝はこうした分野に製品を供給していて、それだけ接触面がある、要はインターフェースがあるにもかかわらず、これらの情報は一切コネクテッドされてこなかったということになります。

もしこれらが自由にコネクトして使える形を作ることができれば、これはGAFAはまだ2割3割しか占めていないわけですから、当然勝ち目は残っていると考えております。

鉢嶺:これは非常に重要な話ですね。

島田:はい。もう少し進めて、いわゆる「プラットフォーマーって何?」ということについて、参考になる話をさせてください。

ローレンツさん*という人が1年後の天気を予測しようとして、わずか3つの式で計算したら答えが出なかった。これが1960年代頃の話です。ほんの僅かな、いわゆるノイズによって答えがどんどんずれていってしまうのです。これがカオス原理の始まりとされており、世の中は予測することはできないと言われています。一方で、人間は非常に弱い生き物ですので、構造化したがるわけです。ところが組織は、作った瞬間から腐っていくということになります。

*エドワード・N・ローレンツ氏。マサチューセッツ工科大学の気象学者。

では実際の人間の世界はどうなっているかというと、Webのリンクを可視化したようにカオスな様相になります。しかも、これは非常に不平等にできており、バラバーシ・アルベルト・ラースローの「スケールフリーネットワーク*」にあたるのですが、要は鉢嶺さんのようにものすごくたくさんのコネクションがあるほんのわずかな人と、ほとんどコネクションを持ってない大多数で、このリンクは成り立っています。これは人の友達の数でやっても同じになります。

*ネットワーク理論の分野においてリンク(枝)が一部のノード(点)に極度に集中しているネットワークのことを指す。

すなわち、こういったリンクを張っていくという構造は、人間の脳に埋め込まれた、そもそも人間の根源にある能力そのものなのです。ですから、残念なことに人間の世界は絶対に平等にならないということが言えます。

しかしながら、この不思議なネットワークが完成すると、どこかでいろんなイノベーションが勝手に起こってくるという現象があります。それをパーコレーション現象*といいまして、これはある一定以上の充填率を超えると、急に爆発するという現象です。これは要するにインターネットで起こったことです。

*パーコレーション現象:コーヒーの抽出機のパーコレーターのようにガソリンが気化して吹き出す現象。 元は自動車用語で、ガソリンがキャブレターに到達するまでに気化し、燃料パイプ内に気泡を生ずること。

マーク・ザッカーバーグは、「私が発明したのは“いいね”だけだ」と言っていますが、 FacebookやInstagramなどはシンプルな機能からはじまり、コンテンツも用意されていませんでした。ところが、そこに人が集まる仕掛けがあって、いいねやフォローなどをすることによって、ネットワークが自動的に形成される。最近ClubhouseというSNSがあり、私も時々聞いていますが、Clubhouseで何を話してるかというと、「Clubhouseで一体何ができるか」をみんな話しているわけです。トークする場所が作れるというだけの仕組みが、こんな風になっているのです。

ところが、日本の企業は「モノからコト」と言って、何かサービスをどうしても自分でお客様に提供しないといけないという、シンドロームに冒されておりまして、これは若干昭和の匂いがします。

例えばそんな「モノコト企業」がもしInstagramを作ったら、多分最初に綺麗な絵を集めましょうと。絵がないのに、コトがないのに、どうやって人が集まるのですか、となるのではないでしょうか。しかし、それをやってしまっては、ネットワークは形成されないわけです。

だからこそ大切なのは、コトが起こるような場所を作らないといけないのです。しかも、それをスケールフリーなネットワークになるようにすると。これにはいくつかやり方がありまして、アメリカ方式はフリーミアム、「お金を燃やす」といわれる、最初にどんどんフリーで配る方法です。ドイツはこれをデジュール*として、みんなで相談して行うのです。

*デジュールスタンダード:標準化団体によって定められた標準規格のこと。 対立する概念として、事実上の標準であるデファクトスタンダードがある。

我々がこのネットワーク作りを成功に導くため、世界を制覇するためには、やはりGDP20%くらいのシェアがないと無理だと思います。それはアメリカか中国か、一体となった時のヨーロッパだろうと。日本のGDPが6.7%しかない時に、これを達成することは非常に困難です。なので、我々は一部のアセットをオープン化するという方法を考えました。

スケールフリーネットワークは今まで基本的にネットの世界の話なので、これをサイバーとフィジカルがつながった世界で作った企業は、未だ世界に存在してないと思います。我々はその最初の会社になりたいと考えています。

具体的には、1つ目に、スマートレシートという取り組みを行っております。今までレシートの紙を捨てていましたが、これを紙ではなく電子化して、自分のスマートフォンに持ってこれるようにするサービスです。

ご存知かもしれませんが、東芝は、日本では東芝テックという会社がありまして、POSのマーケットシェアが60%、世界でも30%近いマーケットシェアを持っている世界1位の会社です。

1月現在、スマートレシートの稼働店舗は1,400店舗、会員数が31万人程いらっしゃいます。これでどんなことができるかというと、これは沖縄で実際に実証した例ですが、クーポンは紙で配るとだいたい5%程度しか使われません。それが、このスマートレシートを使うと、実に50%以上の人が使うのです。これはどういうことかというと、それぞれ人の好みがわかり、それを実際に反映したクーポンが打てるので、着実に広告の効果が上がるというわけです。

我々は、早急に稼働店舗数を10万店舗まで引き上げようと思っております。10万店舗になると、約40兆円のトランザクションの情報が取れることになります。これは、GoogleやAmazonの10倍ほどのデータとお考えいただければと思います。

こういったことを進める上で我々が重視しているのは、地域の人との共創です。例えば会津のスマートシティでは、今までAmazonでないとできなかったようなデジタルの広告、分析等を地元の商店街でできる取り組みを行っています。

もう1つ、ifLinkというIoTのプラットフォームをご紹介させていただきます。IoTは値段が高すぎるので、簡単にしなければいけないという課題があります。それならば、例えばIoTの“IF”と“THEN”を分けて、それぞれを用意して組み合わせることができるように、と考えました。 例えば、発熱を検知したらパトライトが回る、誰かが教えてくれる、といったものです。しかも、最後にはこの組み合わせを個人がQRコードを読むだけでできるようにしています。

ノーコードでできるため、最初にモジュールを作る難易度が「10倍」簡単になります。ある会社では、1時間でモジュールができたという事例もあります。そして、コードを全く作ったことがなくても、これらを組み合わせて作れるようになるため、つくる人が「100倍」に増える。先の10倍と掛け合わせると、従来に比べて生まれるソリューションは「1000倍」以上に増えるだろうと考えています。

この取り組みを進めるために、我々はオープン化を行いました。今100社以上の競合関係もある会員の方々が集まり、IoTをみんなで一緒に作るという活動に取り組んでいます。

実はちょうど昨日終わったのですが、一週間のWinter Festivalというものを開催しました。ここでは、たくさんの方々が、自分たちの考えた213個のアイデアを展示して、どのアイデアが1位かを投票したのです。なかなか面白いアイデアがたくさんありまして、 個人的に「代表理事 島田太郎賞」をあげたのが、ペンライトを振るとライトが光るというアイデアです。それだけのことですが、今はコロナ禍でコンサートに行けない。コンサートに行けない時にこうペンライトを振ると光ってくれる。コンサート会場に光るものを置いておくと、自分がまるでコンサート会場と一体になったかのように感じられるという仕組みです。こういう組み合わせが自分の好きなようにできるのがifLinkの特徴であります。

スマートレシートとifLinkの2つの例について、重要なのは人が中心になってデータを結びつけているという点です。今まで店舗と店舗のデータが結びつくことはほぼなかった。けれども、買い物をしているのは、基本的には個人の情報です。人が生み出す情報というのは、個人のものなのです。ですから、その個人が自分で、まるでインスタのようにタグ付けしていくことで情報がつながっていくことがスケールフリーです。ifLinkも、ソリューションを作ることをユーザーに委ねている。このことがいわゆるスケールフリーな考え方に則っていると思っております。

今日はデジタルシフトがテーマということで、私はDX1.0がGAFAの圧勝、ただ、DX2.0は今までアクセスできなかったデータが生まれることにより、サイバー・フィジカルの領域でしかもスケールフリー性を持つことができれば、GAFAと対抗できるのではないかと考えています。

DXの次は「QX」が起こる。20年後、量子インターネットの時代へ

さらにその先の20年のことを考えておりまして、少しだけ申し上げますと、QX(Quantum Transformation)が起こるだろうと考えております。量子によるトランスフォーメーションですね。デジタルの次は量子と。

実は我々は、すでに昨年度に量子暗号通信というものを製品として出しています。ですが、この量子暗号通信だけで終わるつもりはなく、先にはこの鍵でなく、データそのものを量子で配信しようと考えています。そうすると、「量子インターネット」というものが起こる。今、デジタルは01しか送れませんが、量子は重ね合わせができますので、大量のデータが、しかもアインシュタインがいう量子のもつれ現象を使いますと、量子コンピューター内のデータが同時に更新されるという現象が起こります。

私が申し上げたいのは、今当たり前と思っているプラットフォームが根本から入れ替わるようなことが起こり得るということであります。インターネットも当初始まった時には、みんなこんなに大きくなると思っていなかったですよね。今や500兆円と言われております。この根本的な部分が入れ替わるようなテクノロジー、これが量子インターネットの世界です。

量子暗号通信は暗号を量子に乗せて飛ばすという仕組みですが、絶対に鍵を盗むことができないといわれております。それにおいて東芝は世界最高性能、しかも世界一、パテント(特許)を持っておりまして、圧倒的な性能差があります。こういった技術は先ほども申しましたように、このまま量子インターネットへと延長させていくことができます。

先ほどのKeynote Sessionで平井大臣がジャパンクラウドを考えたいとおっしゃっていました。ではジャパンクラウドは他のクラウドと何が違うのでしょうか。例えば、この量子暗号通信とクラウドを接続することができれば、とてもセキュアなクラウドができます。今までクラウドに置くことが難しいと思われていたものを移行して、使うことも可能になると考えております。

こういった内容を、Googleの執行役員をされていた尾原さんと一緒に『スケールフリーネットワーク』という本に書きました。この話をしていたら尾原さんから「これ、本にしようよ」と言われて。私も尾原さんと一緒だったらいいよ、本が売れるから(笑)、と一緒に出したのです。その時には早稲田大学の入山先生や東大の松尾先生にも入っていただきました。このスケールフリー性というのは、実はAIとの関連性が非常に深いのです。データを集めることができれば、AIの世界においても、私は逆転できる可能性があると思いますので、ぜひ読んでいただければと思います。どうも、ご清聴ありがとうございました。

鉢嶺:ありがとうございます。私も現場でインターネットのビジネスをやっていると、GAFAの強さを本当に様々な場面で如実に感じます。そこに対して、日本はどうやって勝てば良いのか、具体的な手だては何なのかと、悩むわけです。東芝さんはそういう意味でいうと、具体的なサイバーとフィジカルの領域を両方押さえている。しかも、もともと東芝さんにはノーベル賞を取ってもおかしくないような技術者がたくさんいらっしゃいます。

島田:いっぱいいますね。

鉢嶺:その人材のパワーも活用しながら、ある種、日本がもともと強かった製造業でGAFAに打ち勝てる手と戦略を考えて、実際に実行に移されているのは本当に素晴らしいと思います。

島田:私はもう製造業というくくりがなくなると思っています。製造業は「as a Service化」しないといけないとよく言われています。ということは、これは2次産業ではなく、2.5次というか、3次と2次が入り組んでいくのかなと思います。自分たちを製造業だと思ってる限り、GAFAには勝てないと思うのです。

鉢嶺:なるほど。深いですね。その辺りも後でお伺いしたいです。

GAFAによって破壊される既存産業、要因は「エコシステム」および「プラットフォーム」争いでの敗北

続いては、GAFA分析の第一人者である、田中先生からプレゼンをお願いしたいと思います。よろしくお願いします。

田中:はい。よろしくお願いします。島田さん、ありがとうございました。鉢嶺さんから、今回のセッションについて「日本企業がデジタルシフトでGAFAに打ち勝つ方法」という、相当ハードルが高いテーマで、なおかつ一緒に登壇されるのが、東芝の島田CDOというご依頼をいただきました。

まさに島田さんがおっしゃったように、今、様々な業界がコンバージェンスして、重なり合ってきていると思います。それは、製造業だけではないのかもしれないのですが、やはりこのテーマで呼んでいただいて、なおかつ東芝の島田CDOとご一緒ということで、私からは製造業のDXのお話をしたいと思います。「日本企業がデジタルシフトでGAFAに打ち勝つ方法」という、相当ハードルが高いお題ですが、それに対し忠実に、使命感を持ってお話をしていきたいと思います。

私は大学教授、上場企業取締役、戦略コンサルタントの仕事をしながら、使命感としては、微力ながらも何とか日本と日本企業の競争力向上に貢献したいという想いで、様々な活動をさせていただいております。昨年の10月に、東洋経済オンラインに寄稿させていただいた記事では、「日本の医療をGAFAに牛耳られないために必要な策」ということで、政策提言もさせていただきました。今日のセッションも含めて、仕事の中でも日本企業がデジタルシフトでGAFAに打ち勝つ方法や、日本企業が競争力を高めていくための提言を意識して活動しております。

その中で少し趣向を変えて最初にお話したいのは、携帯電話のかつての王者NOKIAがAppleに敗退した理由は何か、というところです。

実は、2年前にNOKIAの会長が書かれた『NOKIA復活の軌跡』という書籍の日本版の解説章を担当させていただきました。当時来日された際に、現代ビジネスの企画でNOKIAの会長と対談もさせていただいています。この本の最初に書かれているのが、AppleのiPhoneが初めて登場した際の、NOKIAの当時の役員会の様子がどうだったかということです。当時、「iPhoneは競合ではない」という反応だったそうです。

これはおそらくNOKIAだけではなく、当時の様々な日本のメーカーも同じような反応だったのではないかと思います。それによって今の状況があるのかもしれません。続けてこの本の中で書かれているのが、当時Appleのスティーブ・ジョブスがNOKIAの会長に言い放った、非常に強烈な言葉です。キャラが濃いことで有名な経営者だったわけですが、「あなたの会社はもはや競合ではない」と言われたということですね。

それに対して数年後に、当時のNOKIAのCEOが全社員に送ったメールの言葉がこの中に書かれていまして、「競合他社はデバイスで私たちの市場シェアを奪っているのではありません。エコシステム全体で私たちの市場シェアを奪っているのです」と。まさに、時すでに遅しの段階でしたが、CEOから社員に提示されたということです。

競争の条件の変化が、先ほどの平井大臣とのセッションでもお話をしたように、商品をめぐる戦いからプラットフォームめぐる戦い、さらにはハード、ソフト、生活サービス全般のエコシステムをめぐる、覇権争いになったのがスマートフォンの事例だと思います。

当時の「携帯メーカー」のその後の時価総額の推移をまとめてみました。一言でいうと、エコシステムの覇権を握ったAppleの時価総額が、今やなんと2.2兆ドル(約231兆円)なわけです。それからスマホの時代のハードの覇権を握ったサムソンの時価総額が、昨年のデータですけれども38兆円。そして残念ながら、今は金融事業や半導体など様々な事業をされていますけれども、スマホでは覇権を握れなかったソニーの時価総額が13.5兆円ぐらいです。日本の国内だけ見ているとソニーが復活したということになりますが、やはりこの3社の比較を20年単位でしてみると、残念ながら厳しい状況に陥っているということです。
次に自動車メーカー、自動車産業について見ていきたいと思います。最初に自動車メーカー、トヨタの豊田社長の危機感というお話です。まだ記憶に新しいのは、私も毎年行っておりますが、3年前のCESで豊田社長が「e-Palette」を発表しました。その前の年末に、トヨタとしては最高益を打ち出した決算発表の席で「生きるか死ぬか」という強烈な危機感を露わにしていました。

やはり豊田社長は非常に先見の明があり、自動車業界でもスマホ・PCで起きたことが起きるだろうと見越していたわけです。残念ながら、自動車産業も同じように商品製品の戦いではなく、プラットフォーム、エコシステムの戦いに移りつつあります。
昨年末の数字ですが、なんと、皆さんもご存知の通り、テスラ1社の時価総額が、大手3社、トヨタ自動車、フォルクスワーゲン、GM3社合計の時価総額を超えてしまいました。記憶に新しいところでは、昨年の7月頃にようやくトヨタ1社の時価総額を超えたと思ったら、3週間足らずで日本の全自動車メーカーの時価総額を超え、遂にはNo.1、No.2のメーカーであるトヨタ、フォルクスワーゲン、さらにはアメリカのトップメーカーであるGMの3社を合わせても、はるかに上回る時価総額になっているわけです。

テスラは自動車メーカーとして評価が高いだけではなく、実はクリーンエネルギーのエコシステムの会社としての評価が高いわけです。クリーンエネルギーのエコシステムの会社というのはどういうことかというと、クリーンエネルギーである太陽光発電でエネルギーを作り、それを蓄電池で蓄え、それをEV車やスマートホーム、スマートシティで使っていこうというわけです。クリーンエネルギーのエコシステムの会社として評価が高いからこそ、あれだけの時価総額を記録しているわけです。

次に、日本と世界の金融現場で起きていることについてお話をしたいと思います。金融業界で起きていることは何かというと、やはり象徴的なのは金融ディスラプター企業として、Amazon、アリババ、日本ではLINEといったデジタルプラットフォーマーの参入でしょう。そういったところが自分たちの生活総合サービスから、金融に垂直統合を果たしているということだと思います。

LINEは昨年から、消費者金融に本格的に参入しています。LINEの特徴としては、LINEからLINE Pocket Moneyへのシームレスな誘導が図られているということです。それから、実際に顧客になった消費者に対しては、LINEを活用した非常に自然な顧客コミュニケーションが実現できています。日経新聞の昨年10月の記事では、なんと新規の申し込み数で、消費者金融の大手であるアコムやアイフルを、昨年の4月に抜いてしまっているのです。これはやはりいかに優れたUI、UXをスマホの中で実現できてるのかという証左です。消費者金融専業の大手は、CMに多大なる投資をしていることで有名です。そんな中、全くテレビCMを打っていないLINE系のLINE Poket Moneyが、4月単月とはいえ、新規申し込み数で大手を抜いてしまったというのは非常に象徴的な出来事だと思います。

それから世界に目を転じると、やはりAmazon Goです。私はもともと金融プレイヤーだったのですが、決済手段としてのAmazon Goは見逃せないところです。「レジレスコンビニのAmazon Goである」というわけです。ご存知の通り、自社で掲げているテーマとしては、“Just walk out”ということで、ただ立ち去るだけで買い物が完了します。

ただ立ち去るだけで決済が完了しているとすると、使った我々としては、もはや買い物してることすら感じない。もはや支払いしていることすら感じないぐらい、非常にスピーディーな経験ということです。それから、ただ立ち去るだけで、スマホの中にはレシートが表示されているという、非常に優れたUI、UXを提供しています。

ちょうど昨年、デジタルホールディングス社で運営しているデジタルシフトタイムズで、アマゾンのAmazon Pay日本責任者の井野川本部長と対談をさせていただきました。その中で出てきたのは、コネクテッド・コマースの世界です。ズバリ、ワンクリックも、Amazon GoもAmazonアレクサも、Amazonにとっては決済手段ということなのです。

それから、対談の中で非常に印象的だったのが、AmazonにはBtoCの顧客もBtoBのエンタープライズの顧客もいます。ビジネスをやっていく上で、双方の利害が対立することは結構多いですよね。そんな中、井野川本部長が強調されていたのは、Amazon社内のルールとして、両者の利害が対立した時には、BtoCの消費者の顧客の利益を優先することを義務付け、ルール付けているということです。重要なのは消費者の利便性です。両方を顧客にしているAmazonがこういうゲームのルールを敷いて実行していることについて、ぜひ日本の、BtoBのエンタープライズを相手にしている経営者の方は念頭に置いていただきたいと思います。

それから、やはりデータ分析で消費行動予測を行い、CXを向上させるということで、最終的にはデータ分析により自分たちの業績を上げることも重要かもしれませんが、一元的にはむしろカスタマーエクスペリエンスを向上するためにデータを使っているところが、やはりAmazonが強力な一つの要因だと考えております。

これらから言えることとしては、競争の条件の変化が、個人金融においてももはや商品だけの戦いではなくて、プラットフォームの戦い、さらにはLINE等がすでに本格的にサービスを提供しているように、ハード、ソフト、生活サービス全般をめぐるエコシステムの戦いになっているということではないかと思います。

その中でAmazonがAmazonアレクサなどを通じて本当に狙ってるものは何なのかをお話したいと思います。私は2017年の11月に『アマゾンが描く2022年の世界』という本を刊行させていただきました。この出版の直接のきっかけになったのは、2017年の2月にアメリカに出張に行き、『FAST COMPANY』という雑誌の記事を読んだことです。その雑誌の巻頭でMost Innovative Companyとして紹介されていたのが、Amazonでした。雑誌の巻頭がAmazon特集になっており、その特集の中で、ジェフ・ベゾスのインタビューが載っていたのです。その中で語られていたことに非常に強いインパクトを受け、この本を出すことにしたのです。本を出す前に、プレジデント・オンラインでも、「Amazonは音声認識で何を企んでいるのか?」をタイトルに論考しました。

Amazonにおけるプラットフォームとエコシステムの全体構造もまとめさせていただきましたが、ズバリ、そのインタビューの中で書かれていたのは、Amazonアレクサという音声認識アシスタントで、ジェフ・ベゾスがどこを目指しているかということです。超意訳をすると、スマートカーのOS、スマートホームのOS、最終的にはやはりスマートシティのエコシステムの基盤にしたいというようなことが、書かれていました。

Amazonアレクサでスマートシティまで想定しているということに、すごく大きなインパクトを受けたのです。実は当時、日本ではまだAmazonアレクサは、そんなに知られていませんでした。それから、これは2年前の数字になりますが、2019年1月の段階で、すでにIoTプラットフォームとしてのアレクサ搭載機器の数が、なんと2万点以上に及んでいるということです。日本ではなかなか音声認識アシスタントが広がっていませんが、アメリカではすでに相当な数が搭載されているのです。

GAFAに打ち勝つ唯一の道は、日本企業の共創によるスケールフリーネットワークにあり

そんなところで、今日の一番の中核テーマは、「どうしたら製造業DXの覇権を日本の製造業は死守できるのか?」という点です。

日本の製造業のIoTプラットフォームがいよいよ本格始動しています。有名なところとして、やはり日立や村田製作所、パナソニックなど、様々な会社がIoTを始めています。そんな中、iPod黎明期に乱立した日本企業の競合商品をこの資料で書いたのは、正直、私は今のIoTにおける状況が、iPod黎明期に日本の企業がやってきたことに近く、既視感を感じているからです。

当時、日本の多くのメーカーはiPodをハードの勝負だと勘違いしたわけです。こんなハードだったらうちのほうがもっとテクノロジーが優れているということで、いろんな会社がハードを出しました。しかし実際の勝負のポイント、Appleが目指していたのは、音楽のエコシステム構築だったということです。実際にAppleはiPodで音楽業界を破壊したと言えると思います。

そういう意味で見逃せないのが、実はAmazonはついに昨年から、製造業DXに本格的に参入していることです。昨年の12月に行われた「AWS re:Invent 2020」というAmazon AWSのイベントで、なんと5つのIoTサービスを開始すると発表しました。

その1つが、機械学習を使用して産業機械の異常な動作を検出するサービスであるAmazon Monitronというサービスです。ここにあるように従来のセンサーに比べてハードウェア等の先行投資額が決定的に少ない。それから、そもそも中小企業の工場の人たちが自分たちで同じことをやろうとしたら、当然センサーも開発しなければいけないし、AI、アルゴリズムも開発しなければいけないし、機械学習のエンジニアも必要です。そういったものがまったく不要であるということが、AWSのサイトの中にかなり詳しく書かれています。モバイルアプリで簡単に操作ができることも特徴となっています。

値段についても、これを自社で開発したらおそらく数億円単位でしょう。それが、センサー5個とゲートウェイ、ACアダプターがセットになったスターターキットの価格が700ドル程度だということです。

そういう意味では、製造業のDXも、もはやおそらく製品の戦いではなくプラットフォームの戦いであり、よりエコシステム全体の戦いになってきていると思います。製造業のDX、IoTプラットフォームを私なりにレイヤー構造にまとめてみると、一番下がハード、製品、デバイス。それからセンサー、センシングがその上のレイヤーとしてあって、その上にネットワーク、通信コネクティビティがあって、その上にデータ、AIアナリティクス、その上にアプリケーション、システムサービスということだと思います。
従来であれば一番下のハード、製品、部品、デバイスという階層が製造業の階層だったので、なかなかGAFAが入って来れないだろうと目されていたわけですが、実際にAWSは、「一番下のレイヤーはそれぞれ製造業に委ねるけれども、それから上の階層は自分たちで提供しますよ」ということを定義したのが昨年のAWS re:Invent 2020の発表だったのではないかと思います。

先の階層をAmazonのAWSの階層に並べ替えてみると、おそらく一番下にはAWSのクラウドコンピューティングという、日本政府も使ってるようなクラウドコンピューティングのレイヤーがあり、その上にAIプラットフォームがあり、その上にIoTのプラットフォーム、その上に、むしろ位置づけとしては、その上にハードが乗っかる形で、さらにその上にアプリケーション、システムサービスが展開されるようなレイヤー構造が描けると思います。
やはり製造業のDXにおいては、AIプラットフォームとしてのレイヤー構造を構築することが不可欠になっており、GAFAは製造業DXにおいても侮れないプレイヤーになって来るという予想をしております。

そんな中で、今日のテーマの「日本企業がデジタルシフトでGAFAに打ち勝つ方法」というところですが、このお題を分析するには、冷静にGAFAが今どれくらいの状況にあるのかを分析せざるを得ないだろうということで、Amazonでの事例をお話させていただきました。

それではどうしたら我々日本企業がデジタルシフトで、製造業においてもGAFAに打ち勝つことができるのかというテーマです。今日は東芝の島田CDOとご一緒させていただいておりますが、GAFAによるプラットフォームやエコシステムに日本企業が対抗できるものは何なのか。

やはり、1社独占のプラットフォームやエコシステムから脱することが重要だと思います。現状は残念ながら、インターネットの世界ではまさにGAFAがそれぞれの領域でプラットフォームやエコシステムを構築して独占状況にあるわけです。あるいは製造業においても、もし1社だけで戦おうと思ったら、Amazonがこれから強力なプラットフォーム、エコシステムを築いていくかもしれない。しかし、だからこそ、我々日本、日本企業が戦うべき方法は、1社独占のプラットフォームやエコシステムでなく、島田さんが提唱されている、スケールフリーネットワークだと、私は本当に心底から思います。

日本企業が本当に手を携えて、共創していくことによるスケールフリーネットワークというのが、GAFAに打ち勝つ数少ない選択肢の1つではないかと思いますし、そういう意味では島田さんの著書『スケールフリーネットワーク』の帯に「GAFAと異なる道を歩め」というところは、おそらくそういう趣旨も込められていると思います。

島田さんの本の中で非常にインパクトを受けたのは、島田さんご自身がシーメンスで担当されていたインダストリー4.0の本質は、階層構造からネットワーク構造へのスケールフリーネットワーク化であるということです。まさにこれこそ、日本企業が日本の国内で競い合うのではなく、やはり日本企業の共創によるスケールフリーネットワークへということです。

MaaSも然りです。残念ながらMaaSも色々な地域で色々な会社が乱立しています。ちょうど私はNewsPicksの「モビエボ」というトヨタ提供の動画配信番組でレギュラーコメンテーターをさせていただいていますが、今月配信させて頂いたテーマが、台湾の高雄市におけるMaaSの事例。これが、ものすごく進んでいるのです。MaaSについても、日本の国内で競い合ってるうちに台湾など海外諸国に決定的に遅れてしまってるわけです。MaaSもしかり、製造業のDXもしかり、やはり日本企業間で、日本国内で競い合うのではなくて、日本企業が共に作っていく、スケールフリーネットワークに転換していくというところが、日本企業がデジタルシフトでGAFAに打ち勝っていく方法ではないか、と思っております。

これで、私からの20分の基調講演とさせていただきます。

デジタルシフト成功の鍵は、カスタマーセントリックを貫けるか否か

鉢嶺:ありがとうございます。非常に示唆に富んでいて、資料をもう一度拝見しながら色々と質問したいくらいです。島田さん、どうでしたか?

島田:ありがとうございます。問題はどうすれば、日本企業の間でスケールフリーネットワークが作れるのかということですよね。一番大切なのは、やはり意識の問題だと思います。もはやコモディティ化している情報を自社で抱え込んでいて、それが本当に何か意味があるのかと。そういうところをよく考え直さないといけません。今までの役割分担の流れの中で、ここは敵であるとか、ここは出さない、というようなことをやっていると、おそらく負けてしまうと思います。

鉢嶺:期せずして、お二方共、製造業で打ち勝つ方法はスケールフリーネットワークであると帰結されておりました。実際、最初に島田さんがおっしゃった、オープンプラットフォームで勝つには、という発想があったじゃないですか。それがまさしく、スケールフリーネットワークってことですね。

島田:そうですね。

鉢嶺:ぱっと聞くと、みんなで共創していくには、本当に足並みが揃うのかな、という不安が思い浮かびますが、そのあたりはどうでしょうか?

島田:私は、一番大切なのは、さきほど田中先生も仰っていたように、AmazonはBtoCのほうが大事だと言っている。その考え方に日本企業も立ち返らないといけないと思うのです。だから、例えばある店舗とある店舗のデータ、これらは誰のものですか?というと、それぞれの店舗のものだと思っているかもしれませんが、違うのです。私が買い物したデータは私のものだと。そういうことなのですよね。それを皆が忘れてしまっている。そこをもし乗り越えることができれば、基本的なシフトが起こり、全く違う世界が開ける。ですから人中心に考えないといけない。

鉢嶺:それを徹底していくということですか?

島田:徹底していくということです。GAFAの弱点が1つあるとすると、彼らは独占したがるのです。この点が非常に重要なポイントです。例えばGoogleは第三者情報の提供はしませんと。そういうことではなく、そのデータは本来個人のものだから、私がこのデータをGoogleからAppleに持っていきたかったら、好きにできないといけないですよね。

我々、日本の人たちは人中心に、とにかく人のためになること、お客様のためになること、を、自分たちの短期的な利益を乗り越えてスケールフリー化することができれば、本当の意味でのエコシステムが作れると考えています。

鉢嶺:なるほど。田中先生も、結局お客様の気持ちを第一にと、もう口酸っぱくおっしゃるじゃないですか。それもCXなんだ。UI、UXなんだ、と常におっしゃっている。やはりそこが重要なのでしょうか。

田中:そうですね。ちょうどデジタルシフトアカデミーという法人向けの事業をデジタルシフト社と一緒にさせていただいています。来週から4期が始まるのですが、今まで40社ぐらいの方と、8回×3時間で最終的に自社のための大胆なデジタルシフト戦略を作っていただくという取り組みをしています。製造業も含めて様々な大企業の経営トップの方にご参加いただいて、40社以上の方と実際のプロジェクトをやってきて思うのは、結局その会社が本当に本質的に大胆なデジタルシフト戦略を構築し実行できるかの、最大の根源的分岐点は何かというと、それを実際に作ろうとしている人たちがカスタマーセントリックになり切れるかどうかに尽きると常に思っています。

カスタマーセントリックにならないままに考えているうちは、やはり出てくる戦略にもインパクトがないし、ローンチしても多分使われないのではないか、という印象を受けます。ですからやはりカスタマーセントリックになれるかどうかが根源的分岐点ですし、製造業の場合はカスタマーが2段階いるわけですよね。そういう意味では、Amazonが社内のルールとして、消費者のほうを優先しているというのは、すごく本質的であり、そこからベンチマークすることが重要だと思います。

日本の場合どうしても、やっぱりBtoBのビジネスのほうが洗練されたビジネスのようなイメージがありますが、だからこそBtoBをやっている会社の人たちには、そのBtoBの仕事のプライドをかなぐり捨てていただいて、消費者をセントリックに据えて考えるということが、まずは一丁目一番地の入り口だと思います。

「モノは売らない」。顧客起点で再定義する新しい製造業のビジネスモデルとは

鉢嶺:なるほど。先ほど島田さんのセッションの中で、もう製造業という枠組みがあると勝てないとありましたが、その真意を教えて欲しいです。

島田:例えば今みんな「as a Service化」しようとしてるじゃないですか。as a Service化するということは、単にモノを作って納めておしまいですよという考え方を止めないといけないのです。

第2次産業の考え方というのは、基本的にモノを作って、品質の高いものでお納めをし、あとは言われたら直す、というものです。それではなく、体験自体をサービス化していくということは、よく考えると、これはサービス業に入っていくということなのですよね。

そういう観点で考えると、Amazonは極めてピボットしているわけです。これダメだなと思ったら、すぐに変えていくと。元々自分たちの一丁目一番地だったと思われるECでも、それだけではお客さんのためにはならないとなったら変えるわけですよ。そういう発想と考え方が非常に重要で。アレクサもそんなに上手くいかなかったら、力を抜いてきたり、Amazon Picking Challengeというロボットのコンテストも3年くらいやっていましたが、あれもやめました。

鉢嶺:やめてしまったのですか?

島田:やめているのですよ。要するに彼らは、本当に極めて重要な問題に、どんどんピボットしているわけです。

鉢嶺:それこそまずやってみるということですね。

島田:そうです。そこから考えると、「ここまでが我々の仕事です」と思っていたら、そんな相手に勝てるわけないです。

鉢嶺:それはそうですよね。では製造業もある意味、モノを作って納めて終わりではなく、そのあとずっと継続する、ある種SaaSビジネスのようなものに全部取り込んで第二次産業と第三次産業が合体するという感じで、発想しないとだめということですね。

島田:そうですね。原点がどちら側にあるかは別として、例えばユニクロさんを見ていてすごいなと思うのは、やはりモノを作っていますから、圧倒的に違うものですよね。あれは製造業か、販売業か、よくわからない感じになっています。それと同じことだと私は思うのです。だから、最終的にそれを使うお客様の情報に無関心なBtoB企業は滅びると思いますね。

鉢嶺:なるほど、そういうことですね。それが、田中先生が先ほどおっしゃっていたエコシステムを作りにいくということ。もうモノではないということ。あのレイヤー構造は非常にわかりやすかったのですが、そういうことになるわけですか。

田中:そうですね。まずは一元的には製品ではなくて、プラットフォーム、エコシステムの覇権争いであるのが実態です。

それから島田CDOがおっしゃったところでお話させていただくと、「as a Service」。as a Serviceというと元々はSaaS(ソフトウェアアズアサービス)が一番有名なところだったと思います。その代名詞であるセールスフォースにも非常に学ぶところが大きいと思っています。

カスタマーセントリックとともに、特にBtoBのビジネスにおいては、カスタマーサクセスという考え方がすごく重要だと思うのです。元々SaaSの代名詞であるセールスフォースがSaaSを始めたのは、やはりSaaSというビジネスの中で、カスタマーサクセスが自分たちのミッションでもあり、自分たちの事業構造でもあり、自分たちの収益構造でもあり、それが三位一体となっているのですね。

どういう風に三位一体になっているかというと、カスタマーサクセスというのは、企業側で何か成功を起こしてもらうことです。ですから、例えばセールスフォースのビジネスだと、それを使ってもらうことで、セールスを伸ばしてもらおうというのがカスタマーサクセスかもしれない。

とにかくカスタマーサクセスを起こすということがセールスフォースのミッションであり、なおかつ、カスタマーサクセスが起きないと収益が上がらないような構造になっているわけです。それはずばりサブスクのビジネスモデルを採用していて、今までのように請負型のシステムではなく、実際にカスタマー側でカスタマーサクセスが起きて、カスタマーが満足して、それによって契約が更改される、アップセルがされるということで、初めて収入が上がるという非常に厳しいビジネスモデルを自分たちで採用しています。カスタマーサクセスというものに事業構造を埋め込んでいるということです。

やはりBtoBのビジネスにおいて、特にBtoBのDXをこれから推進していく上では、やはりカスタマーセントリックととともに、BtoBのエンタープライズの顧客にとってのカスタマーサクセスとは何なのかということを明確に定義して、カスタマーサクセスを起こすことを目的関数としてDXを使うという意識が非常に重要でしょうね。

鉢嶺:そういうことなのですね。

島田:やはり手段と目的が途中で入れ替わってしまうのです。例えば私たちのやっていることで言いますと、社内で「ハードウェアを売らないでください」とお願いをしています。世間では、デジタル化とか、製造業のデジタル化というと、お客さんからモニタリングをして、データをとるという型が出来てしまっているのです。これはGEやシーメンスがその線を引いてしまったのですが。

でも、それが目的化してしまっているのです。実は、そんなことはどうでもいいのです。こういうことをすれば、例えばメンテナンス費用が下がるはずですと。こういう提案をしたいけれど、お客さまがデータをくれません、と。それが確実に儲かるように見えるのであれば、売らなくていいのです。モノは我々が持っていて、これを提供して、自分でモニタリングして、自分でサービスにして、コストが下がるのであればそうすればいいじゃないかと。そういう形で、実は小さなものですけども、東芝ではすでにいくつかやっていて、ものすごく高い利益率が出ています。

鉢嶺:それは言えないのですね?(笑)

島田:ちょっと言えないのです(笑)。やはりこれは自分の事業のことに置き換えて考えてみないと、腹落ちしないのですね。だから、私のところにきて、この装置がとか、お客さまからデータをもらえないと言うのに対して、だから、「モノは売らないって言ったらいい」と言うと、あ、そういう意味だったのですか、と。

鉢嶺:もう目から鱗でしょうね。

島田:なんというか、言われていて頭で思っていることと、自分がやっていることが結びつかないのでしょうね。だから小さいことでもいいから実践して、成功体験にするとか、そのことの意味を理解できる人を、少しずつ増やしていくのが、一番早い道だと思います。

田中:島田さん、まさに「売らなくていい」というのはそういう人たちの共通点だなと思いました。先ほどデジタルシフトタイムズでの、Amazon Payの井野川本部長との対談の話をしましたが、自分たちは社内ルールで、BtoCの顧客の方の利益の方を優先しているんだというところの件で彼が何を言ったかというと、「そういうことをしていると結局は、売らなくていい、そこの会社にはもう売らなくていいよということがある」というお話をされていました。まさに、本当にカスタマーセントリックを貫徹したら、売らなくていいと言う局面は出てきますよね。

島田:出ますね。

田中:そのときに貫徹できるかどうかですし、Amazonはそれを貫徹していて、島田さんは東芝で言い始めているわけです。そこがすごく大きな分岐点ですよね。

島田:そうですね。普通にデジタル化を途中のお客さまも全部同じ仕切りでやっていたら、売り上げが小さくなってしまうのですよ。効率が良くなるだけですから。そうしたらものすごく頑張って様々なソフトウェアを導入し、いろいろとやっても、結果的に売り上げが小さくなる。どこかで何らかのシフトをしないといけないわけです。一方で売らずにサービスで提供しようとすると、売り上げが10倍くらいになったりするわけですよね。

向こうからすると、そうしてもらう方が合理的なことも実はたくさんあるのですよ。そうしたら、関連する人を削減できるとか、もっと大量に捌けるとか、いくつかの理由があると思いますが、受け入れられるということが、SaaS化とかサービス化の非常に重要なポイントです。そんなことよりも、自分たちのビジネスの範囲をどう再定義するかということです。

クリーンエネルギーでの限界費用ゼロ社会に向け、先手を取るドイツ。周回遅れの日本に求められること

鉢嶺:なるほど、本質的なところですね。ドイツのお話も少しお伺いしたいのですが。シーメンスでやられていたこと、その後、今実際にドイツはどうなっているのかなど、お教えいただけますでしょうか。

島田:シーメンスの時には、先ほど田中先生が書いてくださった、いわゆるインダストリー4.0を行っていました。彼らはプラットフォームを作る上において、コンセンサスを行うのですが、先ほど田中先生のお話にもあったようにAmazonが製造業に出てこようとしています。製造業のモニタリングなどは、もう4年以上前からずっとやっています。ですから、インダストリー4.0のハノーバーメッセ*にも、Amazonはどんどん出ていましたし、我々はそういうのを全部見ていました。

*ドイツ・ハノーバーで毎年開催される、産業技術に関する複数の専門展示会が一堂に会する世界最大規模の産業総合見本市。

けれども、工場の世界は、お金をかければなんでもできるのです。本当は工場の世界はカオスなのです。古いものがたくさんある。それをどうやったらデジタル化できるかということを彼らはすごく考えている。

だからどんな古いものでも、最新のJavaでアクセスできるようにしようと。それが彼らの考えた管理シェルという考え方なのですね。20年前の機器でも、その管理シェルをカプセルのようにカポっとはめれば、Javaでその情報へアクセスできるようになる。

そういうような、これは言ってみれば、スケールフリーネットワークに直結できるように、開放していることになるわけです。その時に彼らがよく言っていたのは、昔テレコミュニケーションのネットワークがIPテクノロジーに入れ替わって、世界中どこでも携帯電話がつながる世界になりました。その前は、国ごとにレギュレーションが違って、同じようには電話はつながらなかったのです。その時にプロトコルの変更をどうやったか、どうやってインプリ(実装)したかをすごく言ってましたね。

鉢嶺:そうやってガラッと変わるということですよね。

島田:約束事を決めるだけなのです、この方法でいこうと。こういうふうに今世の中で一般的に使われるものと繋がるようにしようと。僕たちネットワークの時に何十年か前に1回やったよねと。あの時にこういうことをしたよねと。こういう方法だったら上手くいったよねと。それを工場の世界に持ち込もうよねと。その本質をやっぱりどれだけの日本人が理解しているのかと。

鉢嶺:ではシーメンス含め、ドイツの製造業は進んでいるわけですね。

島田:インプリ(実装)が進んでいるかどうかよりも、そういうことを理解して、一つひとつ丁寧にやっているかどうかが、ボディブローのように効いてくると思うのです。なので、私は先ほど申し上げた、管理シェルというものを東芝で世界最初にインプリ(実装)しました。彼らが考えたアイデアですが、別にそれは彼らがオープン戦略で公開されているので、そこはオープンにしないといけない。我々はインプリ(実装)で彼らに勝とうと思うのです。

鉢嶺:そういうことなのですね。様々な局面で学べるところがたくさんあるわけですね。田中先生も先ほどの資料の中でドイツのBOSCHの話を出されていましたが、BOSCHもある種インドストリー4.0の先進企業の1社だと思います。その辺りはいかがでしょうか?

田中:インダストリー4.0というのは、私もずっと研究してきましたが、島田さんの本を読んで、本当に心底から一番腑に落ちました。島田さんご自身でやられていたことを通じて、改めて理解させていただきました。

平井大臣のセッションでもお話をしたように、私自身が完全オンラインだった今年のCESに参加して、やはり一番衝撃だったのが、BOSCHの基調講演です。日本でも菅政権になり、バイデン政権の誕生を見越して、昨年から脱炭素社会というキーワードが日本でも日々いろいろなニュースで流れています。

正直私は今年のCESの基調講演、BOSCHの基調講演を聞くまで、気候変動対策でいちばん先鋭的な目標は、昨年の7月にAppleが発表した、2030年までに自分たちの全製品のエコシステム、サプライチェーンを全てカーボンニュートラルにしますというものだと思っていました。しかし、なんと昨年2020年の段階で、メガサプライヤー、誤解を恐れずにわかりやすく言うと、日本のデンソーのような会社が、昨年の段階でカーボンニュートラルを実現していたというのは、これは本当に日本企業はデジタル化が周回遅れである以上に、10年単位で遅れているわけです。

ただここで見逃せないのは、気候変動対策、脱炭素社会の機運の中で、ドイツの会社もそうだと思いますが、重要なのは2つのことです。1つは、環境正義(Environmental Justice)という概念で、正義感や使命感を持って気候変動対策に取り組まないと、地球は本当にとんでもないことになってしまうという強い意志が背景にあること。そして、Environmental Justice、正義感で行われているのと同時に、もう一つは国策としての本音がそこには同時にあり、ドイツの場合はそれがインダストリー4.0でしょうし、さらに脱炭素社会のその先にあるのは、おそらくエネルギーの限界コストゼロ社会を目指していくというところです。やはり国策をかけた戦いでもあるわけです。

ですからそういう意味では、気候変動対策も、デジタルも、先ほど平井大臣からデジタル×グリーンというのがセットでというお話がありましたが、デジタルもグリーンもやはり正義感を持って取り組まなければいけないし、同時に本当に本音で国威をかけてやっていかなければならない。シーメンスもBOSCHも国威をかけてやっているということでしょうね。

鉢嶺:そうですね。

島田:エネルギーのことを話してもいいですか?

鉢嶺:どうぞどうぞ。得意分野ですよね。

島田:実は東芝も非常に重要なポイントがあります。ドイツは極めて進んでいますよね。これはやはり国民の意識がものすごく高い状態にありますので、エネルギーコンシャスではない会社に対しては、株を買わないという反対運動も多くありますし、その力はものすごく強いわけです。それがかなり企業の行動にも反映されていて、正循環していると思います。

非常に重要な点として、エネルギーは作っただけではダメなのです。しかもこの自然エネルギー、限界費用ゼロのエネルギーというのは非常に変動するエネルギーです。今まで巨大な場所でエネルギーを作り、それを分散するという世界から、エネルギーもスケールフリーネットワーク化していかないといけないのです。

例えば自分個人のことを考えて、自分の家にソーラーパネルやPVシステム*をつけたとしたら、電気が余ったら売りたくなります。でも今、売れないじゃないですか。そういったものは、要するに系統のネットワークがスケールフリー化できるように再デザインしないといけないのですね。これでドイツも非常に苦しんでいます。

*太陽電池や周辺機器などをまとめたシステムのこと

鉢嶺:そうなのですか。簡単ではないのですね?

島田:簡単ではないです。電気の波長を同調しないといけないとか。そのためには様々な、要するに電力のインターネット化のようなことがこれから起こっていかないといけない。それは電力を必ずブラックアウトしないように守るという日本のやり方から、かなり違ったやり方を今後導入していかなくてはならないわけです。これ自身もデジタル化とネットワーク化が必須なのです。ちなみに日本の系統の8割は東芝が対応させて頂いています。

鉢嶺:さすが(笑)。やはり東芝さんに頑張っていただかないとですね(笑)。グリーンアンドデジタルのキープレイヤーですね。

田中:そういう意味では、鉢嶺さん、ぜひ聞いていらっしゃる方に誤解を正しておきたいのは、やはり脱炭素社会というかクリーンエネルギー、グリーンエネルギーについてです。

当然、足元のコストとしては割高なわけです。ドイツでも実際苦しんでいる側面もある。でも実際ドイツの足元の状況はどうかというと、少なくとも石炭の火力発電よりはクリーンエネルギーの方がコスト的に安い状況にまで既に持っていっています。そしてドイツが目指しているところは確実にクリーンエネルギー、グリーンで限界コストゼロ社会を目指しているのです。だから少なくとも石炭由来の火力発電よりは既にクリーンエネルギーの方が安くなっているところまでドイツは持っていっているわけです。

ですからクリーンエネルギーやグリーンが高いと思っていたらやはりいけないのです。現状は割高かもしれないですが、ドイツが目指しているところ限界コストがゼロになることです。そうしたら、国全体の競争率がものすごい向上するわけです。現状はまだ割高かもしれないですが、すでにかなりの部分をコスト優位に転じさせ、さらには最終的に目指しているのは限界コストゼロであるということを本当に理解しないといけないと思いますね。

島田:先生ね、工場を見たら、きちんとできてないところはたくさんあるのですよ。

田中:そうですか。その点については、別途、元シーメンスの島田さんとさらにワンセッション、お話をさせて頂きたいですね。

鉢嶺:そうですね。

田中:ぜひClubhouseやデジタルシフトタイムズでもお願いします(笑)。

島田:そうですね、わかりました、喜んで(笑)。

鉢嶺:あっという間に終了のお時間となってまいりました。今日は製造業のDXがメインでしたが、規模も業種も様々な企業の方が聞いてくださっています。最後にお二方から、皆様へのメッセージをいただければと思います。まず島田さんお願いします。

島田:このような機会を頂きまして本当に有難うございます。日本はやる気になったらすごいと思うのです。今回のコロナのこともあり、デジタル庁もでき、ベース・レジストリも作ると言っていますし、セキュアクラウドという話もある中で、我々が向かうべき道は、実はもうすでにクリアに見えていると思います。あとはそれを踏み出すだけの勇気が出せるかどうか。特に経営者の皆様方にお願いしたいのは、皆様方が将来に対して正しい方向へ一歩を踏み出していただけるかどうかが、我々のこの先の10年を変えるということです。本日はどうもありがとうございました。

鉢嶺:ありがとうござました。田中先生お願いします。

田中:そうですね。まずは島田さんとご一緒させて頂いて、さらに色々なお話をお伺いしたいと思っていますので、是非デジタルシフトタイムズの企画でもまたご登壇いただければと思います。

それから、今日は平井大臣とのセッションから皆さま連続して聞いてくださっていると思いますが、平井大臣のセッションの中でも、日本企業の方も退路を断ってというお話がありました。本当に退路を断つぐらいの覚悟で使命感、危機感を込めて、ぜひデジタルとグリーンに取り組んでいただければと思います。ありがとうございました。

鉢嶺:ありがとうございます。GAFAが非常に強い中で、お二方から具体的な戦略、示唆を頂けたと思います。お二方とも今日はありがとうございました。

島田田中ありがとうございました。

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