出版不況へ挑む講談社のデジタルシフト戦略
2019/7/4
出版市場の縮小が止まらない―。2018年の市場規模(紙の出版物)は約1兆3,000億円。14年連続で販売額が減少し、ピークだった1996年の半分以下に落ちこんだ。そんな中、デジタルシフトに成功し、業績を立て直した企業がある。創業110年の名門・講談社だ。同社は「出版の再発明」を掲げて、2015年に組織を再編。出版物ベースのビジネスモデルから脱却し、独自の進化をとげつつある。そこで今回は、講談社のメディアビジネス領域に従事するライツ・メディアビジネス局 局次長 兼 IT戦略企画室 室次長である長崎亘宏氏を取材。前編では、戦略の要諦や具体的な取り組みなどについて聞いた。
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老舗企業が改革を決断した理由
転換点は2015年です。当時の出版市場は10年前から30%以上も縮小。今後も右肩下がりの減少が予測されていました。その一方で電子出版の市場は伸び続け、今後の5年間で倍増する見込みでした。
また、弊社の売上構造も変化していました。書籍・雑誌・コミックといった従来型の販売収入(BtoC)が減少し、事業収入(BtoB)が増加。版権や電子コンテンツなどの事業収入が3倍超に伸び、BtoB収入を押し上げていたのです。しかしながら、雑誌の広告収入は2010年以降の5年間で半減しました。
そのような背景があり、2015年以降、デジタルシフトを加速。社長自らが社員総会で「出版の再発明」を宣言し、改革の先頭に立ちました。
―当時は経営危機という認識だった?
それまでに単年度赤字を出した年もあり、社内に危機感は共有されていました。このままでは厳しいと。構造的な出版不況にくわえて、リーマン・ショックや東日本大震災も逆風になりましたね。
8割近い社員が異動した大組織再編
そうですね。従来は紙のパッケージ商品や広告スペース、つまりモノやワクを売っていました。その根本を転換し、「データのパブリッシング」と事業を再定義。コンテンツを核にビジネスを拡張するため、大規模な組織再編を行いました。
具体的には、27局・4室・2役員直轄部体制を12局・2室に再編。男性系メディア、女性系メディアなど、コンテンツジャンルに大別される事業局制になり、編集部とともに、広告営業部門の一部はその傘下に入りました。
デジタルにシフトするとメディア収入において広告の比率が高くなるため、従来よりも営業と編集の連携が求められるからです。2015年4月から6月にかけて、部署名の変更も含めて8割以上の社員に辞令が出たと記憶しています。
―それは大改革ですね。デジタル対応に必要な連携を強化したのですか?
ええ。たとえば「第二事業局」は紙とデジタルの女性系メディアを管轄しています。出版社にとって、昔から女性誌マーケットは得意分野。ファッションや美容のブランド広告主が主体なので、広告営業部門への期待は高いです。
私の所属する局では、ライツ(版権)ビジネスとメディアビジネスを統合しました。その理由も連携強化です。たとえば『進撃の巨人』の版権ビジネスは急に生まれませんよね?
定期刊行誌などフロー型のビジネスモデルから人気コンテンツが生まれ、ストック型の事業収入に転化する。いわば、時間をかけて栽培したブドウを発酵させ、ワインをつくるわけです。
社内外の連携を進めるため、メディアも再編
弊社では現在、約40のプリントメディアと約20のデジタルメディアに再編され、ハニカム構造(ハチの巣型)のように隣り合わせています。単に雑誌をデジタル化したわけではありません。
たとえば『ゲキサカ』『FORZA STYLE』『mi-mollet』などは紙の雑誌を母体としないWebマガジン。そういったデジタルファーストメディアを2015年以降、いくつも立ち上げました。
他にもマンガアプリやYouTubeチャンネルなど、多様なメディアで幅広い年齢層をカバーしています。また、プリントメディアの需要が高い層にはさらに注力しています。
―ハニカム構造の喩えの意味は?
各メディアがコンテンツ起点で社内外のパートナーと連携し、ビジネスを拡張するためです。バーティカルメディアの考え方にも近い。そのひとつが社内コラボ。
女性誌『FRaU』とコミック『東京タラレバ娘』が連携したり、ひとつの広告企画が複数のメディアを横断したりしています。社外の連携は、IP(知的財産)を軸にした協業。先ほど例にあげた『進撃の巨人』のようにアニメ化、映画化、ゲームや玩具への商品化など、事業の幅が広がっています。
他にはテレビ朝日の番組『BeauTV ~VoCE』(テレビ番組)、日本経済新聞社の折り込みタブロイド『Ai』など、専門性の高いメディアを共同運営・制作。また、他社が運営するポータルサイトやキュレーションメディアに記事コンテンツを提供したり、海外の出版社に版権を販売したりしています。
追いかける広告から、追いかけたくなる広告へ
以前は紙メディアだけだった事業領域が、海外展開も含めて多層化しています。そして、社外との連携で横にも広がっている。なので、主戦場が拡大。
こういった取り組みの結果、2015年からの4年間でデジタル広告の売上が5倍以上に増えました。今期の広告収入全体に占める割合は50%を超える見込み。だから、いわゆる出版社の広告部署からの脱却を目指しています。
―Webメディアも含めて「広告枠を売る」というモデルではない?
はい。出版広告も再発明する必要がありました。弊社の中核的価値はメディアブランドとコンテンツ力。そこには編集力、キャスティング力、IPを含みます。さらにユーザーの価値(読者の力)。
そういった強みを活かして、タイアップ広告の制作、キャンペーンサイトの構築、オウンドメディアへの集客など、さまざまな広告主のコンテンツマーケティングを支援しています。
そのコンセプトは‟追いかけたくなる広告”。ユーザーを追いかけるターゲット広告ではなく、ユーザーをひきつける魅力的なコンテンツです。その一例がYouTubeチャンネル『ボンボンTV』のタイアップ動画。誘導広告枠がなくとも、動画コンテンツ自体の誘因力だけで再生回数100万回を超えるケースも出ています。
もうひとつの例はマンガを活用したタイアップ広告。飲料メーカーの商品サイトに人気作家の描き下ろしマンガを格納しました。同時期に複数の女性誌でそのストーリーを紹介するなど、出版社独自のプロモーションを行っています。
講談社のビジネスは何処に向かうのか?
資本業務提携も含めてを外部プラットフォーマーとの連携を強化しています。最近の取組み事例は、FiNC(健康管理アプリ)、TikTok(ショート動画の共有アプリ)、Twitter、dマガジンなどです。コンテンツ配信だけでなく、デジタル広告も共同セールスしています。
その他には、2017年に新たなビジネスサイトを立ち上げました。コンテンツマーケティングの情報サイト「C-station」です。ターゲットは一般企業の販促・広告・広報担当者。
広告代理店やプラットフォーマーに依存しなくても、私たちの潜在顧客に直接リーチするためです。地方の広告主がマンガのキャラクターを活用して販促活動を行うなど、すでに成約事例も生まれていますね。
さらに、デジタル分野とリアルイベントもつなげています。たとえば、女性誌『ViVi』モデルのファッションショーなどを行う「ViViナイト」。
FRESH LIVEによるリアルタイム配信の視聴者数は10万人、公式サイトユーザーとSNSフォロワーを合わせて240万人など多数のファンを動員し、「#びびないと」がついたメッセージはトータルリーチで約5,700万を獲得しました。今後もソーシャルアクションをはじめ、ユーザーの価値を可視化していきたいですね。
―もはや出版社の枠組みを超えている気がします。いまの講談社は何屋なんですか?
弊社幹部はディズニーを意識しているのではないでしょうか。もともと同社はアニメ制作会社ですが、いまやIP中心の総合エンターテイメント企業です。講談社はコンテンツのデジタル展開とともに、海外展開も積極的に行っています。繰り返しますが、コンテンツによるフロー型とストック型のビジネス両立は目指すところだと思います。
プロフィール
株式会社 講談社 ライツ・メディアビジネス局 局次長 兼 IT戦略企画室 室次長
デルフィス、マッキャンエリクソンでのメディアプランニング職を経て、2006年講談社に入社。2010年より、雑誌広告効果測定調査「M-VALUE」設立・運営に従事。2014年より、JIAAネイティブ広告部会座長として、ガイドラインや広告効果指標を整備。2017年より、日本ABC協会雑誌ブランド指標ワーキンググループのリーダーとしてメディアデータの再編に従事。第3回Webグランプリ「Web 人 of the year」受賞。