中国最前線

ホテルやショッピングモールまで、中国の最先端は「街のデジタルシフト」:田中道昭氏 中国レポート

立教大学ビジネススクール教授 田中道昭氏がデジタルシフトの最新動向をお届け。第二回目のテーマは「スマートシティ」です。

アリババパークで見た最先端AIホテルの衝撃

そのホテルは入り口からSFでした。

「2001年宇宙の旅」や「スターウォーズ」のスペースコロニーを思い起こさせる作りで、ハリウッド映画の影響をふんだんに受けたデザインです。ただしこのハイテクホテルがあるのは、ハリウッドでもシリコンバレーでもありません。中国の杭州市です。
中国EC最大手のアリババは、昨年11月に近未来ホテル「FlyZoo Hotel」をオープンさせました。アリババとしては初めての試みとなるこの近未来ホテルは、中国のEC事業で蓄積されたノウハウとAI×ビッグデータの技術の結晶です。それを体験するために筆者は3月、アリババの本拠地、杭州を訪問しました。
そのホテルではチェックインの手続きから、従来のホテルとは一線を隔しています。ホテルの案内係と陽気にあいさつを交わすことはあっても、チェックインカウンターで自分の氏名や住所を書き込むことはしません。顧客が最初に行うのは、まず専用アプリをダウンロードすること。そしてロビーに設置された端末やスマホで自分の顔を撮影することです。専用アプリは決裁アプリであるアリペイに連動しており、それでチェックインは完了します。

すべて顔認証、ロボットが動き回る世界

次に、慣れない人ならまず「ルームキー」が手渡されないことに戸惑いを感じることでしょう。しかし、そのなぞはホテルの部屋にたどり着くまでに概ね解消されることになります。
エレベーターに乗ると設置されたカメラに自身の顔が認識されます。こうして初めて行き先階のボタンを押すことができます。部屋に到着するとカメラの前に自身の顔を映し出せば、解錠され入室できます。エレベーターや部屋以外にもホテルのフィットネスクラブに入室するのも顔認証。宿泊客や関係者以外は侵入できない強固なセキュリティで守られているのです。
ホテル内の支払いはすべてアリペイで決済が行われます。ホテルの自動販売機もアリペイを使ってドリンクを取り出せば、同時に決済も完了します。小銭をジャラジャラとさせて、投入する必要などないわけです。もちろんレストラン、バーカウンターでもアリペイで決済され、ルームサービスも同様です。キャッシュレス大国を牽引したアリババの真骨頂です。
またルームサービスを注文すると近未来ホテルの趣向を堪能することができます。スターウォーズの「R2-D2」のようなロボットが品物を運んできてくれるのです。こうしたロボットはホテルのいたるところで仕事をしていて、ホテルのバーのオープンカウンターで活躍しているのはロボットバーテンダーでした。
圧巻なのは宿泊ルームの快適さです。グーグルの「グーグル・ホーム」、アマゾンの「アマゾン・アレクサ」と同様のスマートスピーカーが各部屋に置かれています。アリババが培った汎用AI、「アリOS」が搭載された「Tmall Genie」です。
「カーテンを開けて」と言えば、カーテンが開きます。「クーラーをつけて」と言えば、空調が作動します。部屋の明かりを暗くしたい、ラジオや音楽を聴きたい、そんな願いは「Tmall Genie」に話しかけるだけでかなってしまうのです。いまはまだ中国語オンリーだが、それはアリババの音声認識のベースとなるビッグデータが中国語中心だからという理由でしょう。今後は多言語にも広がりを見せられるかが課題です。
こうしてFlyZoo Hotelに1泊でもすれば、アリババのAI技術に圧倒されることになるでしょう。その実力を十分推し量ることにもなり、ひいては今後のアリババのビジネスの行方を占うことにも役に立つのです。

最先端ショッピングモール「親橙里」

EC事業とアリペイなどのキャッシュレス決済機能を発展させてきたアリババは、いま中国全土にスマートシティを構築しようとしています。
中国政府が進める「次世代人工知能の開放・革新プラットフォーム」プロジェクトでスマートシティ事業を委託されているのが、アリババです。
FlyZoo Hotelのある一角はアリババパークと銘打たれたスマートシティです。中にはアリババ本社、アリババの社員住居、近未来ホテルの他に、最先端商業施設が展開されていますが、その目玉として昨年4月にオープンしたのが、複合型ショッピングモールの「親橙里」(チンチェンリー)です。
総面積が4万平米の親橙里はAIやIoT、フィンテックが駆使されていることが特徴です。最新鋭の生鮮スーパーマーケットは人に溢れ、アパレルショップ、またゲートを通過するだけで鑑賞できるチケットレス映画館もあります。カラオケルームも無人で運営されており、ここではほぼすべてがキャッシュレスです。
ここで遭遇したアパレルショップは画像認識には度肝を抜かれました。店頭には大画面端末の「バーチャル・フィッティング・システム」が供えられていますが、自分を撮影すると、自身の仮想空間での化身となるアバターが作成されます。そのアバターを使ってコーディネートしてくれるのです。
画面に映し出されるアバターは等身大なのでリアリティに満ちていて、しかも若く見えます。自分のアバターを見て筆者は、我が20代の息子が映し出されているような感覚になりました。
嬉しくなってすぐに息子に写真を送ってしまいましたが、買い物客の心を実にうまくくすぶるのです。
来店した顧客は気に入った商品をオンラインのネット空間で購入し、そのまま自宅に宅配される仕組み。荷物がかさばることもありませんし、レジに並ぶ必要もありません。実に快適に買い物を楽しむことができるのです。

アマゾンも凌駕するアリババの「ニューリテール」の世界

ちなみに、各店舗の店員たちは、その日のおすすめ商品をプレゼンしてその模様を生放送でアリババの動画サイトに配信していました。その場にいない顧客までをもアリババのオンラインショップに誘導していこうという試みで、リアルとオンラインの垣根を実に見事に乗り越えています。
ストリーミング放送に使われるのは立派なスタジオではなく、洋服の並んだ店内。厳かなカメラなど存在せず、簡易的にスマホで撮影しています。やれることは何でもやるという商魂のたくましさを感じることができました。
こうしたオンラインショップとリアル店舗を融合させた小売ビジネスは、「OMO(オンライン・マージ・オフライン)」と呼ばれています。これをアリババ会長のジャック・マーは「ニューリテール(新小売り)」と呼びます。親橙里は、まさにニューリテールを体現しているリアル店舗なのです。
このニューリテールの概念をより理解できるのが、アリババ傘下の最新鋭の生鮮食料品スーパーの「フーマー」です。親橙里でそれを体験してみました。
フーマーでは上海ガニやロブスターをはじめ、ありとあらゆる高級食材が並んでいます。生け簀で生きている上海ガニを購入し、その場で調理してもらえますから、観光客が殺到しています。さらに上海ガニをお土産にしたければそれも簡単。オンラインで買い物をして、そのまま宅配してもらえばいいのです。
フーマーが人気を博している理由はOMOが完備されているからであり、これを支えているのが、アリババが丹念に構築してきたロジスティクス網や決済サービス機能であることは論を待ちません。ECビジネスで蓄積された顧客データや、嗜好データは、信用情報としても決済機能を向上させ、さらにマーケティングにも活用されていきます。AI×ビッグデータがそれをさらに精緻な理論に基づいて飛躍、発展させていきます。それがオンラインだけでなく、オフライン(リアル店舗)の利便性や趣向性も向上させたのです。
OMOにおいてアリババは、ライバルの米アマゾン・ドット・コムをはるかに凌駕していると言えるでしょう。

1日47億件のビッグデータに驚く

アリババが創業したのは1999年。わずか20年で最強のリテール帝国へと上り詰めようとしているわけですが、とくに親橙里でみたリアル店舗の先進性はスマホでのキャッシュレス社会をいち早く実現したアリババの強い自負心に満ち溢れています。その自負心はさらにスマホさえ不要とするIoT決済や顔認証決済という前人未到の領域に本格的にシフトしていこうとする気概につながっています。
では、こうした先進的なホテルやニューリテール、そしてAI×ビッグデータが織りなすアリババ発の「スマートシティ」とはどのようなものになるのでしょうか。
これまで見てきた通り、買い物客が行列をなしてレジに並ぶことはもはやなくなってしまうでしょう。買い物した荷物は宅配で運ばれるので、店舗内で荷物のかさばる客同士がひしめき合うこともなく、歩道においても混雑が緩和されることになります。やがてバイドゥの自動運転バスやアリババも出資するディディのようなライドシェアなどの自動運転タクシーが走り出し、渋滞のない都市空間が生まれることになります。一方で過疎地においては人手不足からなる構造不況を解消することに繋がっていきます。
キャッシュレスと自動化がサービスを縦横に広げ、それをAIが統括して、やがてはシェアリング化へと進むというのが筆者の見解です。これが実現すれば、経済活力があらゆる分野から自然と湧き出てくる見たこともない世界が完成するのではないでしょうか。
スマートシティの根幹を支える自動化に伴う効率化や音声認識AIの精度の向上は、ビッグデータの集積がカギ。筆者はこの出張で中国政府の次世代AI発展計画を担っているAI企業であるアイフライテック社の副総裁と北京で懇談しましたが、そこで驚愕の数字を突き付けられました。リアルタイムで中国全土から同社に集積されるビッグデータ件数が映像ボードに表示されていたのですが、その数は1日47億件にも上っていたのです。
しかし見誤ってはいけません。
中国の発展の肝はテクノロジーの進化だけではありません。テクノロジーが社会実装されることによってインフラの整備が進み、貧困や経済格差、高齢化などの社会的課題が次々に解決されていることに真の成長の原動力があるのです。実際、その課題解決のプロセスにおいて、全く新しい価値が次々と生み出されているのです。
中国を脅威と思うのであれば、一刻も早く中国と日本の差をベンチマークしておくことが重要となるでしょう。中国の進化から目を背けることは、もはやできないのです。
田中道昭(Michiaki Tanaka)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授。株式会社マージングポイント代表取締役社長。「大学教授×上場企業取締役×経営コンサルタント」という独自の立ち位置から書籍・新聞・雑誌・オンラインメディア等でデジタルシフトについての発信も使命感をもって行っている。ストラテジー&マーケティング及びリーダーシップ&ミッションマネジメントを専門としている。デジタルシフトについてオプトホールディング及び同グループ企業の戦略アドバイザーを務め、すでに複数の重要プロジェクトを推進している。主な著書に、『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)、『2022年の次世代自動車産業』『アマゾンが描く2022年の世界』(ともにPHPビジネス新書)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)、『ミッションの経営学』(すばる舎リンケージ)、共著に『あしたの履歴書』(ダイヤモンド社)など。
本記事は2019年4月23日付け田中道昭氏による現代ビジネス記事を一部編集したものです。

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