中国・アリババの「デジタル百貨店」に行って驚いた、そのヤバい実力 日本の百貨店、復活のヒントもあった!:田中道昭氏 中国レポート 

立教大学ビジネススクール教授 田中道昭氏がデジタルシフトの最新動向をお届け。アリババのリサーチを目的に、同氏が中国・杭州へ視察した中で訪ねた「デジタル百貨店」を解剖する。

百貨店の「未来形」ができていた!

2019年7月29日、筆者は中国・杭州のアリババパークにある最先端ホテル「FlyZoo Hotel」で夜明けを迎えました。
今回の杭州の旅の目的はこのアリババパークや、スマートシティ化の著しい杭州市の最新施設を視察することですが、もうひとつ筆者が楽しみにしていたことがありました。それは中国の百貨店「銀泰(インタイム)」を視察することです。なぜ旧態依然とした百貨店などに行くのかと思われるかもしれませんが、それには理由が。中国IT大手のアリババが2年前に買収した百貨店だからなのです。

中国の大手老舗百貨店である「銀泰商業集団(インタイム・リテール・グループ)」にアリババが出資を始めたのが2014年のこと。2017年には約3000億円を出資して、インタイムはアリババグループの一翼を担う存在となりました。日本で百貨店の売り上げが低迷しているように、中国でも既存百貨店は低迷の兆しが顕著となり、閉店が相次いでいます。そんな既存百貨店がアリババと組んだ結果を確認したかったのです。

「ARミラー」で化粧品を“試着”…?

筆者の宿泊する「FlyZoo Hotel」は、顔認証、キャッシュレス決済はもちろん、ロボットが行き交う最先端のホテル。アリババが得意とする「AI×ビッグデータ」のたまものでした。こうしたアリババの技術が既存の百貨店に導入されれば、果たしてどのような世界観が広がるのでしょうか。これがこの旅の筆者の最大の関心事だったのです。

結論を先に言ってしまいましょう。インタイムは見事なアップデートを遂げていました。アップデートというよりは、論語の「温故知新」という言葉がピタリと当てはまるでしょう。古き良き百貨店の機能を「AI×ビッグデータ」により最適化、あるいは発展させたのです。その結果、買収後わずか1年でインタイムの売り上げは約30%も上昇したというから舌を巻くほかありません。その実力とはいかなるものでしょうか。じっくり紹介していきます。
筆者が到着したのは『インタイム杭州武林店』です。入店すると一見、馴染みのある従来の百貨店の風景が広がっています。しかし、目を凝らせばあらゆる最新設備があることに気が付かされるのです。たとえば化粧品売り場には「ARミラー」という端末が備えられています。
顧客は化粧品を実際に試してみなくても、たとえばリップスティックの色合いが自分の唇になじむかを確認することができるというもの。さながら化粧品の“試着”を楽しめるというわけです。

店内を行きかう「謎のロボット」の正体

もちろん決済はアリペイで行われ、支払いのために長蛇の列に並ぶこともありません。また中国全国のインタイムのうち18軒のデパートが、10キロ圏内のユーザーに2時間以内で配達できます。インタイムのテナントから商品を買おうと思えば、このアプリを利用すればよく、この利便性からインタイムの売り上げは急伸しているのです。

消費者はこのアプリを使いどこでもインタイムのテナントの商品を購入できるばかりか、インタイムで買い物を楽しんでいても、このアプリで商品を購入すれば商品は自宅に届けられます。顧客は重い荷物に悩まされることもなくなりました。インタイムのこうした配送システムがすでに完備されており、そのスタッフはすでに全国1万人にのぼっています。

さてこのロジスティクスに絡み、今回、筆者がインタイムの店舗内で遭遇したのが奇妙な箱型のロボットです。なにやら店内のショップとバックヤードを行き来していますが、これはいったい何ものなのでしょうか。インタイムの職員に尋ねると、こんな答えが返ってきました。

「これはインタイムのオンライン販売のロジスティクスを担う最新のロボットです。インタイムは天猫やタオバオのオンラインモールと直結しており、この百貨店にある商品もオンラインで販売されています。バックヤードにある商品はそのまま配送されますが、店舗に並んでいる商品もオンライン販売の対象になっています。その商品をテナントからピックアップし、バックヤードまで運ぶのがこのロボットの任務なのです」
つまりインタイムでは、在庫管理はバックヤードにオンライン用として仕分けされるのではなく、店頭で販売している商品までがその対象となっているのです。しかも注文が入れば、その商品をロボットにピックアップさせて発送します。

すべての管理がデジタル化され、在庫管理もシステムによって最適化され、タグ付けされているからこそできる離れ業です。ロボットが正確に商品をピックアップしに来るので、店員はロボットにその商品を持たせるだけ。いちいちオンラインの注文が入るたびに、バックヤードと店舗とを行き来する必要もありません。インタイムでこのロボットに遭遇するだけで、デジタル百貨店の威力を感じることができるでしょう。

「ビッグデータ」をテナントに開放

ただしこのロボットは、アリババの実力の一端に過ぎません。アリババが集積したビッグデータによるマーケティングデータは、この百貨店のテナントにすべからく提供され、最適化されたセールスが可能となっています。

インタイムに訪れるほとんどの顧客の消費データはアリババのビッグデータに蓄積されています。なぜならアリババはオンラインショッピングモール、天猫やタオバオを持ち、さらに生鮮食料品のフーマーやホテルなどを運営、タクシーの配車アプリなどからもデータを集積しているからです。

こうしたアリババのサービスを受けた消費者のマーケティングデータはアリババの各サービスの提供に利用されます。そのためインタイムに訪れた消費者が、店員の接遇を受けて自身のインタイムのアプリを示すなどすれば、百貨店側は顧客の年齢や趣向性などから、顧客が求める最適な商品を提案することができるのです。こうしたデータをGAFAをはじめとしたメガテック企業が握っていることについては、欧米や日本でも賛否はありますが、アリババはこのビッグデータを使って、インタイムのテナントに有効な経済活動を促し、消費者の利便性を高めていることも、また見逃してはならないでしょう。

というのは、そもそも百貨店はただの場所貸しではなく、テナントの集客支援という重要な役割を担っているからです。インタイムではアリババの持つ膨大なマーケティングデータを必要に応じてテナントに供給し、旧来の百貨店の機能をさらに効率化、最適化しているのです。

実際、その成果は数字に表れており、インタイムに出店するテナントが続々と全国売上トップになっています。18年に中国全土で最も売り上げた百貨店のテナントのうち、21のブランドがインタイムのテナントでした。また18年度の期間中にインタイムのすべての販売チャネルで総売上が100万元(約1700万円)を超えたアイテムは900アイテムを数えたというのです。インタイムは百貨店の機能をフル回転させて、テナントとともに成長を遂げていました。

ニューリテールの真価

そもそも中国においても小売業の雇用人数と売り場面積は、2014年に初めて減少し、岐路に立っていました。アリババが百貨店に目を付けたのは、こうしたデジタル化に乗り遅れているリアルの小売の4.5兆ドルの市場を再開拓する試みでもあったのです。

アリババグループのダニエル・チャンCEOは、2016年12月に、「様々な消費者層の『特徴を可視化・識別』し、『精度の高いアプローチ』と、『消費者ニーズの把握』に努め、『サービス提供』を行う」と宣言しました。それは「ひと(消費者)」、「もの(商品・ブランド)」、「場(売り場)」の再構築を目指すことと同義です。それこそがオンラインとオフラインを結合させるアリババの「ニューリテール戦略」なのです。

わずか2年で「デジタル百貨店」と化したインタイムの変貌ぶりは、まさにアリババの「ニューリテール戦略」を体現するものでしょう。テナントの各店舗は見事に売り上げを伸ばしているのです。もちろんこの「ニューリテール」はアリババが丹念に築いてきた物流網やプラットフォーム、決済機能、クラウドサービスあってこそ。アリババのレイヤー構造を振り返ると、クラウドサービスがあり、ロジスティクスがあり、ブロックチェーンがあり、ファイナンスがあり、各種プラットフォームがあって、ようやくたどり着いた「ニューリテール」なのです。
アリババにおけるニューリテール戦略のバリューチェーン×レイヤー構造
〔図表〕筆者作成

日本の百貨店へのオマージュ

現在のインタイムと、日本の百貨店との大きな違いは、テナント企業に対する集客支援を最大化、最適化していることにあります。実は日本の百貨店では、消費者はテナントの顧客ではなく、百貨店の顧客という位置づけがなされています。だからテナントは顧客のデータを自由に利用することはできませんが、集客は百貨店の大きな役割でした。つまり、テナントへの販売支援が百貨店の生命線だったのです。ところが百貨店はいま不動産ビジネスに勤しむばかりで、集客機能は衰える一方。テナントは在庫処分に追われる悪循環に陥っています。

一方で、オンラインモールからスタートしたアリババは、「ニューリテール」の掛け声とともに、いままさに日本型の百貨店のビジネスモデルを復活させアップデートしているのです。筆者はインタイムのスタッフから、日本の百貨店の動向を訪ねる質問をいくつも受けましたが、彼らは日本の百貨店の「集客支援×販売支援」というビジネスモデルに敬意を払っているようでした。

もちろんこのデジタル百貨店はアリババが築いてきた多様なIT技術があってこそですが、裏を返せば、本来もつ百貨店の機能の優れたビジネスモデルは、EC時代のいまでもデジタルトランスフォーメーションが実現できれば有効であることを裏付けているともいえるでしょう。

さらにアリババは進化を遂げています。インタイムの視察で最も驚いたことを最後に記しておきましょう。筆者がこの視察で気が付いたことは、「ニューリテール」によってブランドの開発・生産体制までをも巻き込む新たな試みが次々とはじまっていることでした。

「最先端のマーケティング」がここにある

現地のアリババのスタッフは私にこう説明してくれました。

「インタイムでは、会員管理、商品在庫、サプライチェーン、決済などの全面的なデジタル化に向けて取り組んでいます。たとえば、全国に63軒あるこのインタイムのモールに蓄積されている会員や取引情報に加えて、オンラインのタオバオ、天猫をはじめとしたアリババ傘下の小売りプラットフォームが持っている消費者インサイト(潜在的な本音)とを融合させて分析し、顧客となりうる潜在顧客にアプローチするマーケティング施策を行うことができます。

インタイムモールに出店している女性アパレルブランドの例でいうと、潜在顧客のメジャー層がどんな色が好きなのか、どんなデザインが好まれるのか、を特定していくことができる。そうすれば例えば青色のシャツを何枚作ればいいか、オレンジ色を何枚作れば、無駄な在庫を抱えずに売り切れる最適の製造数を予測できるのです」

もちろん分析できるのはシャツの色だけではありません。季節によってどの素材が好まれるのか、また体にフィットしたセクシーなデザインなのか、ナチュラルなラインのスタイルがいいのか、はたまた袖の長さやボタンの位置や大きさ、縁取りのデザインに至るまで、アリババのビッグデータから最も購買意欲をそそるデザインを導き出しています。これをテナントのアパレル企業に提供しているのです。もはやインタイムの百貨店としての機能は集客支援や販売支援にとどまらず、商品開発や製造支援にまで及んでいるのです。

いかがでしょうか。日本の百貨店をはじめ、すべての小売企業は、このアリババの躍動をぜひ、刮目していただきたいと思います。

プロフィール

田中道昭(Michiaki Tanaka)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授。株式会社マージングポイント代表取締役社長。「大学教授×上場企業取締役×経営コンサルタント」という独自の立ち位置から書籍・新聞・雑誌・オンラインメディア等でデジタルシフトについての発信も使命感をもって行っている。ストラテジー&マーケティング及びリーダーシップ&ミッションマネジメントを専門としている。デジタルシフトについてオプトホールディング及び同グループ企業の戦略アドバイザーを務め、すでに複数の重要プロジェクトを推進している。主な著書に、『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)、『2022年の次世代自動車産業』『アマゾンが描く2022年の世界』(ともにPHPビジネス新書)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)、『ミッションの経営学』(すばる舎リンケージ)、共著に『あしたの履歴書』(ダイヤモンド社)など。
※本稿は2019年8月23日付けで、マネー現代に掲載された田中道昭氏による記事を再編集したものです。

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