リーガルテックは日本発世界で勝負できる市場になる。 弁護士・国会議員・上場企業経営者を「複業」する元榮氏が描く未来。
2020/3/24
立教大学ビジネススクール教授田中道昭氏が各分野で活躍される経営者を招き、次の時代のデジタルシフトについてお話を伺います。今回のゲストは弁護士ドットコム株式会社代表取締役会長、参議院議員、弁護士と3つのわらじで活躍される元榮太一郎氏。弁護士ドットコム・クラウドサインで仕掛けるリーガルテックのデジタルシフト、そしてその先に描く世界への展望とは。
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リーガルテックは日本発世界で勝負できる市場になる。 弁護士・国会議員・上場企業経営者を「複業」する元榮氏が描く未来。
弁護士からIT起業家へ。グローバル企業を見据えて
まず最初にお伺いしたいのは、弁護士ドットコムにおける元榮さんの哲学や想いです。かなり変化している部分もあるかと思いますが、どんな想いで始められたのでしょう。
元榮:元々、私はアンダーソン・毛利・友常法律事務所という法律事務所で企業法務弁護士として働いていました。世界を股にかける国際弁護士、企業法務ロイヤーを夢見てM&Aや金融案件などを担当したんですが、弁護士になって2年目の時、上場しているインターネット企業のM&Aにチームとして参加した際に、インターネットに無限大の可能性を感じたんです。つい数年前に立ち上がった会社が数百億円を調達して、ダイナミックにM&Aを駆使して成長している。まだ私も20代でしたので、弁護士だけじゃない人生にチャレンジしたいと思い、起業を志しました。
起業にあたり、自分のコアコンピタンスは法律、弁護士であることだったので、こういったものとインターネットで何かできないか考えた結果、困っている人とその力になろうとする弁護士をマッチングする場を作ろうと考えたんです。当時はまだそんなサービスが日本になかったので、やるしかないと立ち上げました。
田中:なるほど、Amazonのジェフ・ベゾスが最初にインターネットに出会って可能性を感じたエピソードに通じるようなお話ですね。2年目のM&Aに携わらなかったら、もう少し弁護士を続けていた可能性もあるのでしょうか?
元榮:あります。実はその時留学の準備をしていまして、大手の法律事務所は大体3年くらいすると留学準備を始めて、アメリカや海外のロースクールに行きます。私もTOEFLを受け始めた時期なので、おそらく普通に留学していたと思います。
田中:インターネットの可能性を感じて独立された際、弁護士ドットコムは第一弾で、ゆくゆくはグローバル企業に、というような信念をお持ちだったのですか?
元榮:実はあります。というのも、やっぱり留学をしたいという気持ちがありまして。元々私はアメリカで生まれて3歳までシカゴで育ったのですが、その時の記憶がもういくつかしか残っていないのです。なので、もう一回アメリカに行きたいなという思いがあって、弁護士ドットコムのアイデアを思いついたことにより方向転換するのですが、海外には留学ではなく仕事で行こうと決めました。海外という自分の生まれた場所に戻ることを自分なりのロマンとして考えて意識していましたね。
田中:弁護士ドットコムでは四半期ごとの開示も英語で出しており、やはりアジアだけでなくアメリカに上陸しようという思いや狙いはあるのでしょうか?
元榮:そうですね。順番があると思うので、最初にアメリカということではないですが。例えばクラウドサインは、ハンコと紙の契約からデジタルへという意味で、同じ印鑑文化を持つ東アジアとの親和性が高い。日本がタイムマシンとして逆に海外に展開するという意味で、アジアのほうが優先度が高いのかなと思っています。
クラウドサインが据える巨大な市場
クラウドサインについては、今回のテーマであるデジタルシフトそのものですよね。最近驚いたのが、12月10日のプレスリリースで、クラウドサインがセールスオートメーションを支援するということで、リーガルテックだけでなく、マーケティングテック・セールステックのところにも拡大されている。かなりの範囲を狙われているなと感じました。
元榮:ありがとうございます。やはり全ての企業活動には必ず契約が入ってきます。セールスの最前線でも契約があって取引が始まる。やはり企業のニーズを徹底的に突き詰めると、我々がセールスオートメーションにシームレスに関わっていくことを目指すべきではないかと考え、Sales Forceさんと連携しています。単なる契約のサインではなく、そこから派生していくというか、隣接している領域にしっかりとサービスを展開し、最終的に契約を身近にすることを目指して実験的に色々と進めています。
田中:冒頭でAmazonのジェフ・ベゾスの話がありましたが、彼はご存知の通りインターネットで売れるものは何かを徹底的に考え抜いて、まずは本から始めましたが、Everything Storeという考えがあったそうです。そういった意味では、クラウドサインも単純に考えると、契約のデジタルシフトに見えますが、セールスオートメーション含め、最初からもっと広い事業領域を想定されていたのでしょうか?
元榮:そうですね。全体像としては、まさにビジネスそのものをサポートしていく。そういった絵を太陽のように描きながら、まずは契約のサインの部分のデジタルシフトでお役立ちする。そこで各ユーザーさんとの接点が生まれるので、さらに派生させていくといったイメージです。
田中:私もこの1年間でクライアントと契約した中で、3社はクラウドサインを利用していました。最近非常に増えてきている感覚がありますが、改めてサービスの概要を伺ってもよろしいでしょうか。
元榮:クラウドサインは、日本初のWeb完結型の電子契約サービスです。今まで、契約といえば紙の契約書でハンコをつくというイメージだったかと思いますが、実はデジタルで契約するということも、皆さん当たり前にやっているんです。例えば、Amazonで本を買うときのワンクリックは、まさに契約に同意をする行為です。そういった体験を契約書全般に広げて、皆さんに使ってもらおうということで、2015年の10月にリリースしました。おかげさまで今では導入社数が6万社を超え、クラウドサインで結ばれた契約が累計で100万件を超えています(2019年9月末時点)。
田中:100万件ですか。すごいですね。
元榮:先日からテレビCMもキー局で出させて頂き、より国民的なサービスにしていくために今取り組んでいるところです。
田中:Amazonの話が出ましたが、Amazon GOなどワンクリックでの注文は、消費者に支払していることを感じさせないくらいスピーディーであることにこだわっていますよね。クラウドサインも契約書締結していることを感じさせないくらいスピーディー、という印象は同じです。
元榮:デジタルで完結して、ワンクリックでサインできますからね。例えば企業同士であればNDAを結ぶ際も、その場でお互いパソコンやスマートフォンがあればサインができ、瞬時に交渉に入れます。契約をスピード化することにはそういったメリットもあります。
あとは、一度結んだ契約書を見たことない方も結構いらっしゃるんじゃないかと思います。「あの大事な契約書どこいった?」と探す手間も、クラウドサインではお目当ての契約書を簡単に検索できる。うっかり自動更新を防ぐためにアラート機能がある。そんな風に、契約の管理も劇的に便利になってきています。
田中:クラウドサインで驚いたことの一つに、サービスの拡張として支払いも一緒にできるという部分があります。このあたり、ご説明いただいてもよろしいでしょうか。
元榮:クラウドサインペイメントというサービスですね。契約でサインしたときに、金銭の支払関係が発生するケースも多いかと思います。それを一つにまとめたものがクラウドサインペイメントです。これを使って決済することで、契約書をサインした瞬間に、支払に関しても決済が走ります。契約周りの利便性を追求した結果生まれたサービスですね。
田中:支払い契約だけでなく、契約に伴う支払いをデジタルシフトしたのは非常に驚きでした。話を戻すと、12月に開始されたセールスオートメーションでは、アメリカでは重要なコンセプトになっているセールスイネーブルメント(※)という言葉も出てきました。改めてどういった領域を狙われているのでしょうか。
※営業組織を強化・改善するための取り組みのこと
元榮:まさにセールスの最終的な受注を容易化すること、そのためのサポートができることです。契約というとなんとなくバックオフィス的なイメージがあると思うのですが、いやいや営業の前線こそ契約なのだ、という意思の表明として先の言葉を使っています。
田中:そういう意味では、契約書の非常に重要な条項である、そもそもの金額や主要な条件、企業同士でも経営者同士がするような非常に重要なタームですよね。ですから決して契約書を取り交わすっていうのは、元々従来からの事務的な話ではないし、そこにはキーパーソンが絡んでいる。その延長線でセールスというのは、後から考えてみると非常に自然な感じがするんですが、このあたりも最初から考えられていたのでしょうか。
元榮:そうですね。このクラウドサインの事業構想の向こう側にある程度見えているものだったので、イメージはしていました。理想は現実的に実現するという意味で、まずは契約書のサインに集中しましたし、契約に関連する部分を一つひとつ手がけていこうと進めてきました。4年間進める中で、ぼんやりとしていたものがより鮮やかになっているイメージはあります。
田中:そういう意味では、弁護士ドットコムという会社自体がテクノロジー企業として評価されていますし、セールスオートメーションのその先にマーケティングオートメーションやCRMなど、まだまだ手が伸ばせそうなところが、決して飛び石ではなくありそうな感覚がします。事業ドメインとしてはどの程度までお考えですか?
元榮:リーガルテックだけでも非常に大きな領域なので、まずはそこからですが、雇用や税務、こういった領域も遠くないと思います。セールスに関しては今回スタートしましたが、契約から起点とする我々のセールスプロダクト、いわゆるERP(※)的なものが、企業の営業システムとして存在感を高めていくというのは、できる余地があるのではないかと思います。
※Enterprise Resources Planning の略。企業経営の基本要素(ヒト・モノ・カネ・情報)を適切に活用する計画や考え方のこと
日本のリーガルテックは世界的に見ても大きなポテンシャルを持っている
元榮:この領域に魅力を感じるプレイヤーが増えるということは嬉しいです。リーガルテックが時代の潮流として、どんどん幹が太くなっていくことの表れだと思いますので。今まで、弁護士ドットコムは日本最大級の法律相談サイトとうたってきましたが、正確には日本最大級でありながらオンリーワン。ロンリーだったわけです。そういった意味では、これだけプレイヤーが出てくるとまた新しい緊張感があるので、頑張ろうと思えますね。我々は15年くらい先にこの領域を手がけてきたので、トップランナーとしてこれからも走り続けていきたいです。
田中:オンリーワンから競合他社が増えて市場環境が変わると、やはり経営者としては気持ちが違うものですか?
元榮:違うといえば違いますが、やはりジェフ・ベゾスのように顧客に向き合うことに尽きるのだと思います。結局、お客様に向き合って、求められている価値、もしくは将来求められるであろう価値を提供し続ければ自ずと選んでいただけると思うんです。そういった意味では泰然自若とした気持ちで臨んでいますし、これからもそうしていきたいなと思っています。
田中:競合が増えることは、プレイヤーとしては大変な反面、産業や事業の同盟が生まれるという効果もありますよね。
元榮:そうですね。もともと、特に電子契約の分野は契約書の紙に印鑑をつかなくていいのか不安に思う方々がまだまだ多い。そういった意味で、他のプレイヤー含めてこういったスタイルがこれからのスタンダードになるということを協同的に作る効果はあると思います。私の後輩でも起業する弁護士が増えていますが、フィンテックのようにリーガルテックというものがあるんだと国内外の様々な人たちが関心をもってもらえると、我々としても事業推進上追い風になると思います。
田中:元々弁護士の方は他の職種に比べて独立心が強いので、テクノロジーを掛け算して、潜在的に新しいリーガルテックカンパニーが生まれる可能性がとても大きそうですね。
元榮:そうですね。それこそ孫さんではないですが、群戦略で我々のちょっとした仲間になってもらい、みんなでこの日本からリーガルテックを盛り上げていけると良いなと思います。日本はリーガル先進国になれる可能性を持った国なんです。ちょうど今、裁判のIT化がニュースでも報道されていますが、2025年くらいまでに日本の裁判は劇的に進化するんですよ。
田中:どういう風に進化するんですか?
元榮:まず、Webで裁判を提起できるようになる。今までは裁判所の法廷で双方の代理人、もしくは当事者が期日出廷して法廷の審理が行われていたのですが、両者ともWeb会議で出頭できるようになるんです。弁護士の生産性をあげる改革ですね。革命的な改革です。さらには今まで紙やFAXで管理していたものを、裁判の進捗含めてWeb上で管理できるようになります。これだけデジタル化する国は世界に他にないレベルです。これは司法界における本当に大きな改革だと思いますね。
田中:銀行口座を持たない人が多かった中国で一番キャッシュレスが進んだように、日本の司法分野はマニュアル化されて変革が大変な世界だと思うのですが、元榮さんからみるとブルーオーシャンでやるべきことが沢山あると感じられるのでしょうね。
元榮:非常に大きなポテンシャルがあると思いますね。伝統や誇りが大きい業界は変わりづらい。そういう業界こそチャンスだと思うので、我々起業家にとって本当に力の発揮しがいがある領域は大きく残っているのかなと思います。ちょうど私が起業した2005年も、Windows95が発売されて10年経っていたので、当時ですら、もうネット企業はあらゆる領域に進出したから今から起業しても遅いという人がいました。でも、現実はこの15年の間に様々な新しいサービスが生まれた。LINEもメルカリも我々よりも後にできています。日本はまだ大きな可能性を秘めていると思います。
複業により、人が生み出す価値は大きくなる
私自身大学教授であったり、色々な会社の取締役やコンサルティングを行なったりしていますが、それぞれがサブの副業だという意識は全くありません。それぞれの仕事にプライドを持っているし、それぞれの仕事が本業だと思っています。元榮さんが「複業」と表現されたのは多分同じ想いなのかなと思ったのですが、いかがでしょうか。
元榮:おっしゃる通りです。私も全てがメインであるという気持ちで仕事に取り組んできましたし、パラレルキャリアにしたことでお互いに相乗効果を生んでいくということも実感しています。だからこそ、メイン・サブではなく、全てがメイン。それを言葉にするとしたら「複業」だ、という想いです。
田中:やはり上場企業の経営者である以上は、会社経営が本業でしょうし、国民に対しては参議員議員の活動が本業。クライアントにとっては弁護士が本業ということでしょう。どれひとつとして甲乙つけがたい本業ということですよね。
元榮:はい、必ず投下しなければいけない時間はありますが、常に可処分時間の用途についてPDCAを回してスケジュール設計をすることで、色々なことができると思います。特に経営は時間に囚われない働き方の一つだと思います。最近だとイーロン・マスクはTeslaのCEOをやりながらSpaceXのCEOも務めている。Twitterのジャック・ドーシーはSquareのCEOでもありますよね。Amazonのジェフ・ベゾスもブルーオリジンのCEOでもあります。世界的な企業経営者はまさにパラレルキャリアです。
僕はたまたま独身ですが、家庭も一つのプロジェクト。この記事を見ている皆さんも、実はパラレルに色々なことに取り組まれていると思います。例えば私の場合、国会議員の仕事は時間拘束が大きいですが、夜の時間は空きやすいとか、国会閉会中はスケジュールが緩やかになります。そういった特性に合わせて、slackやテレビ会議を利用したテレワークで経営の仕事を進めています。24時間365日を使い切る、生かし切るというイメージです。
田中:世間では副業が解禁され、そういった社会が到来する中で、「複業」について提唱したいことはどんなことでしょう。
元榮:複業をすることで、人が生み出す付加価値が大きくなるのではないかということです。複数を並行することで掛け算になり、市場価値が高まる。この未曾有の人手不足の時代、一人ひとりの生産性、価値を高めることが日本の成長、そして一人ひとりの豊さに繋がるのではないかと思うのです。
例えば、正社員がなかなか採用できない中小企業でも、他の企業で働きつつ複業で関わるメンバーを採用できれば活性化するかもしれない。その個人も経験や収入が増え、もともとの本業でも付加価値が高まる可能性がでてくる。昭和、平成と続いてきた働き方のスタイルに、令和の時代だからこそ新しく踏み出せる環境づくりを、政府・与党として作っていこうとしています。ほんの少しの勇気と好奇心を持って踏み出すことで、人生にプラスの影響が生まれるかもしれないということを僕は確信しているので、もっと多くの方に興味を持って欲しいと思い、本を書きました。
パラノイア楽観主義の権限委譲でタイムマネジメント
元榮:私の場合は、かなり難易度の高いパラレルキャリアをしているので、正直休みはないですね。それぞれものすごく時間を使う仕事なので、これまではその配分を最適化していく3年間でした。特に国会議員の仕事は国民の付託を受けています。この責任は非常に重大だと思うので、絶対に全うしなければならない。まずはその時間を軸に置いた上で、企業経営については、任せるべきところを任せる、権限委譲を活用しながらPDCAを毎日実践してきました。
弁護士ドットコム株式会社はもともと私が代表取締役社長だったのですが、もう一人代表取締役をおき、経営実務を社長に権限委譲しています。法律事務所オーセンスについても、以前は細かい会議に出て、色々とああだこうだ言っていたのですが、今は週一回の会議に集約し、あとはリモートで対応しています。
田中:実際相当忙しいというのが真実でしょうね。企業経営者としては権限委譲がポイントだと思うのですが、実際に行うのは難しいですよね。非常に勇気がいるでしょうし。元榮さんが考える権限委譲成功のポイントは何でしょう。
元榮:まだ成功しているかわからないですし、道半ばで修行中の身ですが、やはり信頼できる人物にある程度任せることだと思います。
田中:信頼できるかどうかがポイントなのですね。信頼たる人物かどうかは、ミッションやビジョン、バリューが共有されているかという部分もあるでしょうし、マニュアル的な部分、より自律的にティール組織的な部分もあるかと思うのですが、元榮さんの場合、何を一番重要視されていますか。
元榮:まず人徳や人間性です。それらが備わっている人に「任せてまかせず」、という距離で委譲しています。具体的には、弁護士ドットコムの場合は、まず、専門家をもっと身近にとか、一人ひとりの弁護士の先生、ユーザーさんに対して、感謝と謙虚の気持ちを持って臨むようにする。こういった点をかなり具体化して握った上で、あとは業績で握る。取締役以上の細かい情報も含めて、定期的にレポート面談をしてチューニングしていきます。あとは、slackで、特にマイナス情報などがあれば尚更どんどん共有するように促すことで、ある程度の空気感を測れるようにするというのが、現時点での任せるレベルです。
田中:丸投げと権限移譲は決定的に違いますからね。引き続きマネジメントはし続ける必要はありますし。
元榮:むしろ、我慢力というか、そういったものが大事だと思います。この会社は僕が作った子どものようなものなので、すごく色々とああしたい、こうしたいと思うわけです。それを任せているんだから口を出さないようにしようと、抑えているような感じです。
田中:そういう意味では、前半お話を伺ったクラウドサインについて、どんどん事業が拡大していますが、元榮さんが思っている以上に現場の方やられているって側面があるのでしょうか。
元榮:全社員、役員、非常に頑張ってくれて、志高くやってくれていますので、安心と言えば、安心です。ただ、ユニクロの柳井さんが「経営は砂上の楼閣だ」という言葉をインタビューで仰っていて、その通りだと思っています。今は成長していますが、どこから綻びるのかわらかない。そのために、もしかしたら何か起きるんじゃないかと考えて普段努力することが大事だなと。パラノイアこそが最後は成功するみたいことが言われるじゃないですか。なので、悲観的に準備をして、結局何もなかったね、というようなイメージで任せている感じです。
田中:近しい話で、ノキアの会長が出された本の日本語版の解説書を担当させていただくことになり、会長ともお会いして対談させていただいたんですが、ノキアの成功の3原則の中の1つが「パラノイア楽観主義」という概念なんです。経営者たるもの、まずはパラノイア的に細かいところまで見なきゃいけない。細かいところもしっかり見ているからこそ楽観的になれる。まずはパラノイアに、そこから先は楽観的に対峙するんだ、というようなイメージです。
元榮:まさに、同じです。いいキーワードいただきました。「パラノイア楽観主義」、とても端的に表現されていますね。
デジタルシフトをしないのは、下りエスカレーターで止まっているようなもの
※「溝」を意味し、製品やサービスが成功するために超えるべき一線のこと
元榮:目標があるから達成できると考えていますし、立てない目標を達成することはまずないので、全ての大前提かなという認識でいますね。目標として掲げなければ上場もできないですしね。当社は「専門家をもっと身近に」という理念なのですが、その理念を達成するための具体的な目標を立て続けて、日々そこに向かっています。
田中:達成できる目標をセットするというお話ですが、一般人からすると、会社を上場させる、国会議員になるというのは目標というより夢に近いと感じてしまいます。元榮さんは、それらの目標を設定した時から夢というより目標という捉え方だったんですか?
元榮:そうですね。この点は最近確信に至っているのですが、人間というのは本当に賢くできていて、絶対に無理な目標を思いつかないと思うんです。僕は今から来年のオリンピックの100メートル走で金メダルをとってやる、などと考えないわけです。あくまで自分の中で思いついたもの。相当高いものなんですが、思いついたということは、無意識レベルでその線を超えられる感触を意識しているんだと思います。だからこそ、思いついた目標は必ず達成できるという前提に立って、無意識の自分が思いついた目標に、有意識の自分が本気で取り組むようにしています。
田中:似たような言葉として、目標に対してビジョンとか夢とかあるじゃないですか。今のお話のニュアンスとしては、目標が一番しっくりくる。目標というのは、実現できるもの、すべきものだという捉え方だと思うのですが、ビジョンとの違いはどうお考えでしょう。
元榮:目標は、定量的で測定可能なのもののイメージです。ビジョンは、世界観のようにもう少し抽象的なもの。二つとも似ている部分はありますし、シンクロする部分もあるのでしょうが、目標は測れるものにすべきだと思いますね。
田中:元榮さん自身、ここまで有言実行をされてきて、今も相当大きな目標を掲げていらっしゃるのではないかと思います。差し支えない範囲で、経営者としての目標を伺いたいです。ジェフ・ベゾスのようなグローバルな経営者になりたいというような想いをお持ちなのではないかと思うのですが。
元榮:社会的な価値を多くの方に感じていただくという向こう側に、そういった世界の企業と競っていけるようになりたいという想いはあります。日本企業の世界的なプレゼンスは、ここ30年くらいで大きく相対的に停滞しています。そんな中で、日本から世界に出ていける企業がもっと増えていかないと日本の未来は明るいものにならない。最近政府の方針でも、2023年までに、ユニコーン、未上場の10億ドル以上の企業を20社生み出すという目標があります。我々もその中の一つになり、日本を元気にする、世界を変える一助になりたいなと考えています。
田中:日本企業がグローバル企業になるための、一番のハードル、障害は何なのでしょう。
元榮:一つ言語の壁はあります。やはり国際公用語である英語で仕事が行われる会社にならなければ、まさに多国籍人材が集まるような会社にはならないですから。あとは、規制緩和の面で、日本は他国で実証されて大丈夫そうだという制度が少し遅れて入ってくるという傾向があります。この数年がタイムラグになり、先行者に差をつけられる。その差をなくしていくことも必要だと思います。
一方で、先ほどお話した裁判のIT化に関しては、e-Courtといって審議をなるべくWeb会議で行うのですが、これが世界的に新しい取り組みなんです。Webで提訴できるというのはシンガポールや韓国など色々な国が始めており、日本は周回遅れ以上なのですが、審議はまだ世界的に新しい。そういったチャレンジが増えるよう、規制緩和や新しいルール、新しいイノベーションをいち早く事業化できる政府の後押しがあると良いのかなと思います。
田中:たしかに、この10年20年、日本はテクノロジーでも規制でも遅れをとっています。新しいもの、特に世界に踏み出すユニコーンを生み出すには規制の強化でなくて緩和の方が重要ですね。他に元榮さんが注目されている規制緩和はありますか?
元榮:やはりAIやIoTや量子コンピュータなど、目に見えない世界の技術がこれからの社会を牽引すると思います。専門家以外はよくわからない部分もまだまだ多いですが、そういったところで、他国よりもう一歩前に出る。暗号資産なども、結果的にはああいったことが起きましたが、私は国のチャレンジとしてはありだったと思います。
田中:たしかに、やはり先行しようという思いがあっての試みでしたからね。
元榮:はい。国家、行政、無謬主義みたいなものも過度になると、本当に何もできなくなってしまう。ああいうナイストライをもう少し実行していけるような国になることが大事だと思います。
あとは、外国人労働者の受け入れですね。色々な考え方はあると思いますが、人口が減って栄えた国はないということは、今までの世界の歴史の共通の結末、教訓なわけです。そういった意味で多くの方を受け入れていく。この領域の規制緩和も興味がありますね。
田中:最後に、リーガル領域でいち早くデジタルシフトされている元榮さんから、経営者・ビジネスリーダーの方にそれぞれの事業領域でのデジタルシフトを進めるポイント、着眼点、アドバイスがあったら是非お願いします。
元榮:私がアドバイスできる点がどれだけあるか分かりませんが、やはり常識の反対側に成功があり、現状維持は衰退の始まりというのは企業の活動にも共通することだと思います。事業は下りのエスカレーターに乗っているようなもの。現状維持に止まっているとどんどん低い所に下がっていく。成長するため上に行くためには、下りのエスカレーターを全力で駆け上がるような努力が必要だと思います。デジタルシフトも、やはり遅れれば遅れるほどエスカレーターが下がっていきます。デジタルシフトはこれから避けて通れないポイントだと思うので、そんな意識で臨むことが重要だと思います。
田中:ありがとうございます。3つのキャリアを実践される元榮さんの目標は相当高いものだと思います。大きな目標をクリアされることを期待しております。