閉ざされた医療業界をデジタルシフトで救う。規制業種にチャンスを見出す、アルムの事業戦略とは。

医療関係者間のコミュニケーションを促進するアプリで、国内で初めて「医薬品医療機器等法」における医療機器プログラムとして公的保険適応を受けた株式会社アルム。規制業種と言われる医療業界にデジタルを導入した同社は、どんな道のりを辿ったのか。業界にデジタルシフトを起こす時、必要なものとはなんなのか。株式会社アルム代表取締役社長の坂野哲平氏に、オプトベンチャーズ代表取締役の野内敦氏が聞いた。

30年遅れの医療業界にデジタルを導入

野内:御社は、医療業界のデジタルシフトに取り組まれてきました。参入前、医療業界はどのような状態でしたか。

坂野:これまでの医療業界では、医療の現場がインターネットと隔絶された状態でした。医療は規制業種なので、医療機器や医薬品の開発など、病院内のサービスも患者さんに対するサービスも、すべて規制の対象になります。参入障壁が高いため、デジタルの普及に伴い他の業界では当たり前に変化しているものが、変わらないままだったんです。ICTは、アメリカではいまだにポケベルが主流ですし、日本ではPHSが90%以上を占めていると言われています。最新技術が入ってこなくて、20〜30年レベルで遅れている現状がありました。

規制に加えて、一度決めたことを変えたがらない業界の体質もありますね。例えば、電波が医療機器に悪影響を与えるからと、医療現場での携帯電話の使用は禁止されていました。しかし5年ほど前に調査をしたら、実はそんなことはないとわかったんですよ。なのに最近まで、医療現場では携帯電話の使用が禁止された状態が続いていました。そんな風に、勘違いや根拠のない規制だけが残っていて、デジタルが普及しにくい状態があったんです。

野内:規制や業界の体質で、デジタルシフトが進まない状態だったんですね。どんな部分からデジタルを導入していったんですか。

坂野:まずスマートフォンやIoTAIクラウドなど、他の業界では当たり前に使っているものを医療業界に導入しようと取り組みました。具体的には、医療関係者間コミュニケーションアプリ「Join」の開発です。例えば急性疾患の患者さんが搬送されてきたとき、専門医が院内にいなくて対応が遅れれば命に関わります。そんなとき、スマホを使ってリアルタイムで医療関係者がコミュニケーションを取れるように開発しました。このアプリは、国内企業で初めて「医薬品医療機器等法」における医療機器プログラムとして認証され、公的保険適応されています。

臨床現場のニーズが、有用性の証明を後押し

野内:坂野さんは、もともと違う事業をやっていたじゃないですか。なぜ医療業界に参入されたのですか。

坂野:始めから医療業界に参入しようと思っていたわけではないんですよね。6年ほど前、もともと経営していたエンタメ系の映像会社を売却し、次に何をしようか考えていました。時代はソーシャルオンラインゲーム祭りで、普通に考えたらゲームに投資するのが一番良いタイミング。でも、ゲームに惹かれなかったし、エンタメ系の事業に飽きもあり、真逆の、堅くて公益性、社会性の高そうな業界を攻めてみたいと思ったんです。そこで考えたのが医療業界でした。

医療業界では、ちょうど2014年の11月に薬事法が改正されました。「医療機器プログラム」という新しい枠ができたところだったんです。これまでは電気メスや人工心臓などを医療機器と呼んでいましたが、法改正によって画像診断ソフトやAIなども規制の対象になりました。新しい枠ができたと言うと一見規制が強くなったように見えますが、逆に考えると規制の中に入りさえすれば、プログラムやAI領域の事業者が参入できるチャンスがあるということです。行政側も医療側も、デジタルが一向に普及しない体制の変化を望んでいると感じましたね。ビジネスチャンスだと思い、そのタイミングで飛び込みました。

野内:そこから、どうやって今のサービスにたどり着いたのですか。
坂野:医療業界は、とにかく証拠が必要なんです。デジタルを活用してビジネスしようと決めていたので、素早く情報にアクセスして処理する、という特性を生かして、効果を証明しやすい分野への参入を検討しました。また、医療、ヘルスケア業界は競合がグローバル企業ばかりだったので、グローバルに展開しないと勝てないという意識もありましたね。

最初は健康管理アプリなども考えましたが、当時アメリカにはそういったアプリが100以上ある状態。成功モデルも出ていましたが、薄っぺらい中途半端なサービスを作っても、グローバルではポジションを取れないと感じました。簡単にGAFAに取って代わられたりしないよう、もっと医療ど真ん中で、医療機関と直結するサービスを作らないといけないと思ったんです。

そこで、臨床現場の医者たちと話して、必要なサービスを考えていきました。その中で、脳卒中や心筋梗塞などの急性疾患にターゲットを絞ったんです。例えば脳卒中、主幹動脈閉塞は、1分で190万個の細胞が死ぬと言われています。速く診断、治療すれば、命が助かる確率が上がると明確にわかるんですよね。

私たちが情報アクセスの場を提供し、適切な診断と治療につなげて処置スピードを速めることができれば、デジタルの効果を証明できる。そう考え製品を作っていきました。

大きかったのは、お話していく中で、東京慈恵会医科大学病院で臨床開発、実験させてもらえたことです。医療機器の市場では、臨床側のサポートがないと、メーカーは全く戦えません。共同で研究開発してくれたドクターたちの後押しがありがたかったです。

現場のドクターたちも、切実な問題を抱えていました。急患や夜間の搬送者数は変わらないのに、働き方改革で時短労働が定められようとしているからです。医療現場はこれまで、24時間を最低限の人数が多かったそうです。それを8時間労働にしたら、各分野に最低3人必要になりますよね。でも、医者の数は一気には増えない。この流れはやばい、別の仕組みが必要だと、ドクターたちは前々から気づいていたんです。

そんな臨床側のニーズと重なって、製品ができると世界中のドクターが各地の学会でバンバン発表してくれるようになりました。

野内:臨床側に理解者がいたんですね。認可を取るのも大変だったのではないですか。
坂野:ここでも、証拠が重要でしたね。認可のために必要なのは、人の命が助かる、病状が良くなるなど臨床上の評価ポイントと、限られた財源の中で効果的に医療を向上させる、経済上の評価ポイントの2つをクリアすることです。臨床上の効果は先に述べた通りで、経済上の効果もコストをかけずに急性疾患の素早い治療を可能にしたことが評価され、すぐに証明できました。

結果を出したことで、すぐに認可がおりました。今は世界の国々でも使用してもらえるよう、各国の認可取得に取り組んでいます。

デジタルシフトを起こせる投資体制づくりが急務

野内:すぐに認可が下りたとはいえ、閉じた業界にデジタルを持ち込むのは簡単ではなかったはず。医療業界にデジタルシフトを起こせた要因はなんだとお考えですか。

坂野:できないと思い込まないことですね。多くのIT企業が、医療業界は規制業種だから、簡単には参入できないと思っています。でもそれは思いこみで、確かに勝率は低いですが、エビデンスを積み上げればできないことではないんです。弊社が認可を受けてから4年半がたちましたが、国内で保険適応を受けているのは他に1社だけです。みんなやろうと思えば参入できますが、中途半端になってしまい力尽きている印象です。

野内:必要なものはなんだと思いますか。

坂野:お金だと思います。やりたいことがあっても、資金が十分でないから力尽きてしまう。国の補助金や研究費などでも足りない状況ですね。例えば中国は、医療機器開発に多額な資金を国がお金をつぎ込んでいます。日本にはそういった投資構造がないんです。

医療業界のデジタルシフトを行う目立った企業が出てくるのは、2023年ごろになると予想できます。しかしそこまでに頑張らないと、日本企業は負けてしまう。世界的に見れば、医療機器の輸出において日本は今でも1兆円以上負けているんです。これをひっくり返す可能性があるのが、AIをはじめとするテクノロジーを取り入れた医療機器プログラムなんです。今こそ、みんなで投資して盛り上げなければいけないと思います。

それから、世論も重要です。医療業界にデジタルシフトが必要だと、正論を発して受け入れられれば、事業は伸びていくはず。メディアにしっかりデジタルシフトの重要性を伝えて味方になってもらい、国民に伝えていく必要があると感じています。ビジョンが正しければ、諦めず前進していくことで、自然と世論がデジタルシフトを後押しする方向に流れていくと思います。

データを活用した業界連携で、グローバルに勝ちに行く

野内:最後に、今後のビジョンを教えてください。

坂野:グローバルで勝ちに行きたいと思っています。医療市場は、世界規模で15兆円、年16%弱伸びていると言われています。その中で、医療機器の国別の割合は、アメリカが43%、中国が7%で毎年5.5%前後伸びており、日本は8%あるが全く伸びておらず中国にはここ2年で抜かれる。今のままだと、日本は世界の医療市場でどんどん存在感を無くしてしまいます。

これから勝ちに行くために、今後伸びていくことが予想される、診断用のAIや遠隔医療、地域包括ケアの仕組みづくりなどを進めて行こうと思っています。

また、弊社ではAIの開発に取り組み、様々な診療データを蓄積しています。このデータはもちろん医療用に一次利用しますが、二次利用にも繋げたいと考えています。例えば、健康診断の結果から健康指導ができたり、医薬品の開発や民間保険商品の開発に活かしたり。様々な分野に活用したいですね。

さらに、別業界と繋がることで、より世の中のためになるサービスができると思います。例えば車業界の自動運転に、認知症やてんかんなどの医療データを活用することで、症状が出る前に車を止めることができるかもしれません。他にも、建設業界と連携してスマートシティの開発に取り組んだり、旅行業界と連携して透析患者の海外旅行をサポートしたりと、できることは様々だと思います。

デジタルシフトにより、できることの裾野はどんどん広がっています。データを活かしてグローバルに戦い、チャンスを掴んでいきたいですね。

プロフィール

坂野 哲平(Teppei Sakano)
2001 年早稲田大学理工学部卒業と同時にスキルアップジャパン(株) を設立。動画配信事業の売却 を機に医療 ICT 事業へ参入し、 15 年に(株)アルムに商号変更。医療機器プログラムの開発から販売までを手がけ、12か国で展開中。医療関係者間コミュニケーションアプリ「Join」は、日本初の保険適用ソフトウエアである。
野内 敦(Atsushi Nouchi)
株式会社オプトホールディング 取締役副社長グループCOO、株式会社オプトベンチャーズ 代表取締役。1991年森ビル入社。1996年オプトに参画。共同創業者として、グループ経営、組織運営、新規事業設立など、グループ成長拡大に一貫して携わる。現在、グループCOOとしてシナジー戦略を牽引しつつ、ベンチャーキャピタル事業を行うオプトベンチャーズの代表者として、投資先を支援している。

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